第7話 『探索者試験』

 私は楓ちゃんに探索者シーカーの話を聞いてから、探索者シーカーになりたいと強く思うようになった。動機はお金のためとちょっと不純かもしれないけど、お兄ちゃんの負担を減らせるなら何だってやるつもり。

 なぜかって? それは異世界での記憶を取り戻したあの日から、だんだんとあの頃の生活を細かく思い出すようになってきたから。


 なぜ転生することになったのかは思い出せないけど、私は死ぬはずだったのにお兄ちゃんのおかげで転生できたことは何となくわかってるの。


 記憶が戻ってから真っ先に思い出したのは、草原に一人ぽつんと立っていたあの心細さ。

 それから、ブラックウルフに襲われた時に、私のスキルになって助けてくれたお兄ちゃんの心強さ。

 異世界で生きていく私をいつも支えてくれていたお兄ちゃんの優しさ。

 そして、そんな大好きなお兄ちゃんの声は聞こえるけど、姿は見えず触れることもできないとわかった時の悲しさ。

 何度もお兄ちゃんが生き返ってくれたらと願いながらも、叶わなかったあの辛さ。


 それが今、お兄ちゃんが目の前にいるのだ。もう見ることも触ることもできないと思っていたお兄ちゃんが目の前に! もうお兄ちゃん愛が止まらない!


 そんな大好きなお兄ちゃんのために、私は探索者シーカーになってお金を稼いで、楽をさせてあげると決めた。


 夏休み明け初日、学校では楓ちゃんに聞いた探索者シーカー試験のことで頭がいっぱいで、周りから見たら心ここにあらずって感じだったと思う。学校が終わったらすぐに、楓ちゃんにお願いして探索者シーカー試験について詳しく教えてもらった。





 それから1週間、私は試験勉強をしながら実践練習にも力を入れて取り組んだ。実際はスキルを持っていて、試験に合格すれば資格はもらえるらしいんだけど、ランク決めの模擬戦でいい結果を残せば、最初からひとつ上のランクでスタートできると聞いたので、すぐにでもお金を稼ぎたい私は模擬戦も頑張ると決めたのだ。


 向こうの世界で大体の武器は使えるようになっていたけど、一番よく使っていたのは片手剣だったから、お兄ちゃんに木刀を買ってもらい何度も模擬戦の相手をしてもらった。

 お兄ちゃんはスキルだったから戦ったことなんてないはずなのに、私より強くてびっくりした。何でそんなに強いのか聞いたら、見て覚えただって。さすがは自慢のお兄ちゃん!


 向こうの世界で上げたステータスは元に戻っていたから、力やスピードは落ちちゃっていたけど、技術はちゃんと残っているってお兄ちゃんが褒めてくれた。

 どのくらい戦えればランクがあがるのかはわからないけど、初心者の域は超えてるだろうってお兄ちゃんが太鼓判を押してくれた。


 そんな生活がさらに1週間続き、いよいよ探索者シーカー試験本番となった。




「それじゃあ、行ってきます!」


「ああ、絶対大丈夫だから気楽に受けておいで!」


 お兄ちゃんの応援をもらい勇気100倍になった私は、待ち合わせ場所で楓ちゃんと合流し、渋谷にある試験会場へと向かう。

 あまりに機嫌がよかったせいか電車の中で鼻歌を歌っていたようで、微妙な顔をした楓ちゃんに止められてしまったくらいだ。


 試験会場に着いた私達はすぐに受付へと向かう。楓ちゃんは私が試験の受付をしたのを見届けてから、探索者シーカー協会へと向かった。何でも別の用事があるとか。でも、試験が終わる頃に迎えに来てくれることになっている。ありがたやありがたや。


 ひとりになったところで改めて試験会場を見渡してみると、思ったよりもたくさんの人たちで賑わっていた。これは会場に着いたときに楓ちゃんに聞いたんだけど、探索者シーカー試験の試験会場では、探索者シーカー試験の他にスロットやスキルの確認も行っているそうだ。


 スロットの確認自体は何歳からでもできるので、それこそ私のような中学生っぽい姿もちらほら見かける。他にもスキルオーブを使用した人が、何のスキルを手に入れたのかを調べるためにもこの会場は利用されているようだ。

 ただ、スキルオーブを手に入れること自体が難しいので、スキルを確認しに来る人はめったにいないよって楓ちゃんが言っていたけど。


 私は筆記試験を受けている間にスロット検査をしてもらうため、採血する場所へと移動した。なぜ採血するのかというと、スロットを検査するには2通りの検査方法があって、そのうちのひとつが『鑑定の水晶』に血液を垂らすというものだからだ。


 もうひとつの方法は、『鑑定の水晶』に触れるというやり方で痛みもないしそっちの方が楽だと思われる。

 だけど、この方法だと水晶に3分ほど触れ続けていないと鑑定されないのだ。おまけに『鑑定の水晶』自体も希少品なため、比較的大きな会場にひとつずつしか貸し出されていない。その結果がこの長い行列なのだろう。


 血液での鑑定だと5秒で済むそうなので、直接触れて鑑定する方法を選んだ人たちの入れ替えの間に、鑑定してもらえる仕組みのようだ。結果は後で教えてもらえるので、私はその間に筆記試験を受ける予定なのだ。採血できる場所は3箇所あるようで、こちらはほとんど待たずに終えることができた。


 採血を終えてしばらくすると、筆記試験の時間になったようで試験会場となる部屋ドアが開放された。どこかの大学のパンフレットで見た講堂のような部屋に、わらわらと人が入っていく。


 協会の職員だろうか、試験監督のような人たちから試験用紙が配られる。目の前に置かれた白い用紙を、開始の合図とともにめくった。


(うん、大丈夫! 事前に勉強したところばっかりだ!)


 試験問題は楓ちゃんに教えてもらったり、お兄ちゃんが調べて教えてくれたことばかり出た。結構、簡単に解けたのでいい感じかもしれない!


 大体1時間ほどで試験を終えて、講堂を後にする。他の人たちも自信がありそうな顔をしていたので、あえて簡単に作られているのかもしれない。

 協会としても探索者シーカーは増えてほしいだろうし、どうせここでたくさん合格させても、スロットとスキルを得るところでふるいにかけられるのだから問題ないのかも。


 試験の結果とスロット検査の結果が出るのはお昼過ぎになるようなので、いったん昼食を食べに近くの公園へと向かうことにした。今日の昼食は、お兄ちゃんが朝早く起きて作ってくれたおにぎりです!


 公園のベンチに座り小さめのおにぎりを頬張る。うん、相変わらずおいしい。と言うか、最近、お兄ちゃんの料理がますますおいしくなっている。もしかしたら、『料理』のスキルでもつけたのかもしれないね。


 お兄ちゃんが用意してくれたおにぎり2つを食べ終えた私は、公園をぐるっと回ってから試験会場へと戻った。タイミングよく戻ってこれたようで、ちょうど試験の結果を受付で教えてくれるという声が聞こえてくる。私はぞろぞろと動き出した人たちと一緒に受付の列へと混ざるのでした。

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