第4話 『おかしなショッピング』
朝ごはんを食べ終えた私は、大好きなお兄ちゃんに『行ってきます』を言った後、バスに乗って近くのショッピングモールを目指している。
今朝は衝撃的な事実を思い出しちゃったけど、こっちの世界では向こうで得た力は失っているようでよかった。そうじゃなきゃ、家中のドアノブを破壊していたかもしれないからね。
それにしても、お兄ちゃんがちゃんといてくれてよかった。私の記憶では向こうの世界ではお兄ちゃんは私の『スキル』だったから。お兄ちゃん推しの私としては、やっぱりお兄ちゃん自身に幸せになってもらいたいのよね。
そこまで考えて私は一つため息をついた。
お兄ちゃんには幸せになってもらいたいが、いかんせんうちにはお金がない。両親の遺産はあるはずだが、隣に住む叔父さんが管理していて、生活費しか渡してくれない。いや、その生活費も全然足りてないんだけどね。
だから両親が亡くなってすぐにお兄ちゃんは新聞配達のアルバイトを始め、私が学校で使う文房具や鞄、服などは全てお兄ちゃんのバイト代から出ている。
少ないながらも毎月私にお小遣いもくれているのだ。こんな生活をしていたら、いつかお兄ちゃんは倒れてしまうのでないだろうか。いつもそんな心配をしながら、それでもどうしようもできないまま毎日が過ぎていく。
(ああ、私がお金を稼げたらいいのにな……)
残念なことにここ日本では、中学生がお金を稼ぐのは難しい。宝くじでも買ってみようかと思ったこともあったが、そもそも買うお金がなかった。
後は将棋や囲碁のプロになるか、mytubeに投稿してmytuberとして成功するくらいしか思いつかない。どちらの才能も私にはないだろうし、そもそもそれらを学んだり始める資金もない。
なんともならないモヤモヤした気持ちを抱えながら、バスの窓から通り過ぎていく景色を眺めていた。
「ごめん! 待った?」
「ううん、私もついさっき来たところだよ」
私が待ち合わせ場所に着いてから数分後に、楓ちゃんが現れた。駅からの階段を元気よく上がってくる姿を見て、沈んでいた気持ちも晴れてくる。
ショートカットがよく似合う楓ちゃんは、いつでもどこでも元気いっぱいのかわいい女の子。私が小学生の時からの親友だ。
「よし、早速お洋服を見に行こう!」
楓ちゃんが私の腕を取り歩き出す。なんだか周りの人達がチラチラこっちを見ている気がする。
「あれ、D-tuberのカエデじゃね?」
そのうちの一人の口から、楓ちゃんの名前が聞こえたような気がした。言ってる意味はわからなかったけど、なんか楓ちゃんのことを知っているような雰囲気だった。
(楓ちゃんって読者モデルとかやってたっけ?)
楓ちゃんはそんな視線なんて気にならないようで、グイグイ私を引っ張っていく。
(まっ、特に何かされたわけじゃないからいいか。後で楓ちゃんに聞いてみようっと)
周囲の視線はいったんおいておくとして、二人でショッピングモールの中へと入っていった。
「ねぇねぇ、どうこれ。似合う?」
楓ちゃんは気になった洋服を片っ端から試着して、決して少なくない数のそれを買い物かごに入れていく。
(おかしくない? これを全部買おうとしたら1万円なんて軽く超えちゃうよ。中学生の楓ちゃんがそんなにお金持ってるの?)
ポンポン気軽に買い物かごに洋服を入れていく楓を見て、だんだんと心配になってくる。
「か、楓ちゃん。もしかして、これ全部買う気じゃないよね?」
楽しそうに服を選んでいる楓ちゃんには申し訳ないけど、もう聞かずにはいられない。だって、買い物かごに入っている服は10万円を軽く超えているから。
「もちろん全部買うんだよ! あっ、お金の心配かな? 大丈夫! 明日香だって知ってるでしょ? あたし、D-tuberだから動画配信で結構稼いでるんだよね!」
楓ちゃんの返答に固まる私。ちょっと言ってる意味がよくわからない。えっ? 楓ちゃんって動画配信してたっけ? っていうか、D-tuberって何?
「そ、そうだっけ? えーと、D-tuberって何を配信してるんだっけ?」
全く知らない情報に恐る恐る聞き返してみる。
「えー、どうしちゃったの明日香? D-tuberって言ったらダンジョンチューバーのことじゃない! 3ヶ月前にあたしが
「えっと、あれ? そうだっけ? うん、そうだったかも?」
どうしよう、全く覚えていない……
「大丈夫? もしかして、具合が悪いとか?」
心配した楓ちゃんが顔をのぞき込んでくる。
「あ、うん、ちょっと頭がクラッときたかも。ちょっと休憩していいかな?」
訳のわからない情報に加え、親友との間に自分の記憶にない出来事が存在することに絶賛頭が混乱中の私。ちょっと情報を整理する時間がほしい。
本当に私が具合悪く見えたのだろう、楓ちゃんは慌てて会計を済ませ二人で近くにあった喫茶店に入った。
「ほら、これ飲んで少し休もう」
楓ちゃんが水の入ったコップを渡してくれる。冷たい水を一口飲んで深呼吸をしたことで少し気持ちが落ち着いた。
「ありがとう楓ちゃん。それで、よかったらなんだけど、その楓ちゃんの動画配信について詳しく聞かせてもらっていいかな?」
まず私は現状を把握するために、楓ちゃんから話を聞くことにした。それに、最初に聞いたときはショックで混乱したけど、中学生の楓ちゃんが10万円以上の洋服をポンと替えるくらい稼いでいるなら、私にだってできるかもしれない。
そうすれば、お兄ちゃんの負担を少しでも軽くできる。そんなことも考えながら、私は楓ちゃんの話に聞き入った。
楓ちゃんの話によると、5年前に世界中に
それで、そのダンジョンに入って魔物を間引く役目を担っているのが
中学1年生の女の子がダンジョンに入って魔物を倒すなんて危なくないのか聞いてみたけど、楓ちゃんは偶然強いスキルと手に入れたから大丈夫って笑いながら教えてくれた。
ちなみにスキルとはあちらの世界のスキルとはちょっと違って、
「あたしは、お父さんにお願いして買ってもらったスキルオーブが当たりだったみたいで、『風操作』っていう結構強いスキルをゲットできたんだ! 上層で出たスキルオーブだったから、ほんとに運がよかったみたい!」
スキルオーブは強い魔物が落とすものほど、強い能力の可能性が高いそうだが、それは絶対ではなく、希に弱い魔物が落としたスキルオーブでも強い能力が得られることもあるらしく、楓ちゃんがまさにそうだったというわけだ。
ちなみにスキルオーブにもランクがあり、落とした魔物の強さによって色の濃さが違うみたい。ダンジョンは下の階層に行くほど魔物が強くなる傾向があり、強い魔物が落とすスキルオーブほど赤色が濃くなっていくんだって。
それで楓ちゃんは
「その
幸いなことに魔物を倒すことには慣れているから、スキルオーブさえ手に入れば
「うーん、スキルオーブって結構高いんだよね。あたしが買ってもらったのだって一番ランクが低いのだったけど、100万円もしたからね。それに必ずしも魔物と戦えるスキルが身につくわけじゃないし、運も結構重要かも?」
スキルオーブはそれほど頻繁に出るものではなく、かなり高額商品なのだとか。逆に言うと、どうにかしてスキルを手に入れて
(100万円は難しいかもしれないけど、どうにかして
すっかり具合がよくなった私は、この後、かわいいハンカチを1枚とお兄ちゃんにお菓子のお土産を買って、楓ちゃんとのショッピングを終えた。
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