第2話 違和感

 俺は青になった信号を確認して自転車を漕ぎ出そうとした時、とてつもない嫌な感じに襲われた。


「どうしたのお兄ちゃん?」


 後ろの座席に乗っていた妹の明日香が不思議そうに尋ねてきたその瞬間、目の前を信号無視の暴走トラックが通り過ぎていった。


「あ、危なかった……。あのまま渡っていたら今頃二人とも……」


 突然の出来事に顔が引きつる。明日香に至ってはあまりの恐怖に言葉すら出ないようだ。危なく妹の誕生日前日に死ぬところだった。持っててよかった『危機察知スキル』。


(……ん? 自然に頭に浮かんできたけど『危機察知スキル』ってなんだ?)


 何かを思い出しそうになったが今はそれどころではない。顔色が真っ青になっている妹を落ち着かせつつ、ペダルをこいで帰宅を急いだ。






「お兄ちゃん、さっきはよく気がついたね! お兄ちゃんのおかげで助かっちゃった! ありがとね!」


 事故で死んでしまった両親か残してくれた一軒家に帰るなり、少し顔色がよくなった妹が興奮気味に捲し立てる。死の恐怖から解放されたことと、頼りがいのある兄に助けられたうれしさから気持ちが高ぶっているのだろう。もっとも、後半は俺の予想にしか過ぎないが。


「いやー、なんかピピッと感じるものがあってね。あれが俗に言う第六感ってやつかね?」


 かわいい妹にお礼を言われ、目を瞑り右手を顎に当て考えるふりをしながら格好をつける俺。


「そういえばお兄ちゃんはどんなスキルでもつけれるんだったもんね!」


 笑顔で答える控えめに言って天使の妹。


「まあな…………ん? スキルって何だ??」


「あれ?」


 俺が感じた違和感に同調する明日香。自分で言ったことに小首をかしげる。


「わかんない。わかんないけど自然と口に出てた……」


「こわっ!」


 天使が……じゃなくて、妹が突然口にした訳のわからない言葉も怖いが、それを自然に受け入れていた自分も恐ろしい。


「それよりお兄ちゃん、明日の午前中は楓ちゃんとお買い物に行ってきていい?」


 我が妹も嫌な感じがしたのだろうか、慌てて話題を変えてきた。無論、俺もそれに乗っかる。


「そうだな。夏休みもあと1日で終わりだから最後に楽しんできておいで。でも、暗くなる前には帰ってきてくれよ」


「うん、わかってるって! 明日の夜は私の誕生日のお祝いをしてくれるんでしょ?」


「わかっているならよろしい。あんまり派手にはできないけど、明日香が好きなケーキを用意しておくからな。それと……せっかくの買い物なのにお小遣いをあげられなくてごめんな」


 俺達は両親を亡くしてからお世辞にも裕福とは言えない生活を送っている。両親の少ない遺産は叔父さん一家に管理され、生活するのに最低限の額しかもらえない。ちなみに隣に叔父さん一家が住んでいるから、中学生二人が一軒家に住むのを許されている。


 しかし、叔父さんからもらえるお金だけでは妹にお小遣いのひとつも渡せないので、俺は学校から特別に許可をもらって新聞配達のアルバイトをしている。3ヶ月貯めてようやく妹の誕生日にピンクのリュックをプレゼントすることができたのだ。


「いいの、お兄ちゃん。お兄ちゃんがくれたお小遣いをちゃんと貯めておいたから。それで、明日はかわいいハンカチを買うつもりなんだからね!」


 本当は同年代の女の子と同じように、きれいな服を着ておしゃれな文房具でも買いたいだろうに。それでも文句一つを言うでもなく俺に笑顔を向けてくれる明日香。本当にできた妹だよ。


「そう言ってくれてありがとう明日香。しかし、俺達も金貨ならいっぱい持ってたのにな……」


「ほんと、ほんと……あれ?」


「ん?」


 妹の不思議そうな顔を見て我に返る。あれ? 俺今なんて言った? 金貨? 何でそんなものを持ってると勘違いしたんだ?


「……」


「……」


 妹と無言で見つめ合う。


「つ、疲れてるのかな? 今日は早めに寝よっか」


「そ、そうだね。じゃあ、私は先にシャワーに入ってくるね」


 俺達は節約のために大体はシャワーで済ませている。いつかお金を稼げるようになったら、毎日お風呂に入りたいものだ。

 妹がシャワーに入っている間に俺は食事の準備を始める。簡単な料理を作りながらも、頭の中は先ほどまでのおかしな出来事のことでいっぱいだ。


(どうしたんだろう今日は。トラックに轢かれそうになってからなんかおかしいな。スキルとか金貨とかラノベの読み過ぎか?)


 どう考えても自分の日常には関係のない言葉がポンポン出てくる。自分一人なら友達に借りたラノベの読み過ぎかもとも思えるが、妹も同じだと原因がわからん。


 っと、考え事をしていても手はいつものように動いて料理を完成させる。今日の夕食はオムライスだ。明日、奮発しなければならないので今日は質素な料理でがまんがまん。


「あがったよー」


 奥のお風呂場から妹の声が聞こえる。


「オッケー、俺もすぐに入ってくるからちょっと待っててくれ」


 きれいな黒髪をタオルで拭きながら、妹が部屋へと入ってきた。風呂上がりの天使のなんとかわいいことか。俺は自慢の妹を横目で見つつ、入れ違いに風呂場に行き、さっさとシャワーを浴びる。


 明日香が髪を乾かしている間にシャワーを済ませ、上がったところで一緒にオムライスを食べた。


「おいしいね、お兄ちゃん!」


 喜ぶ妹の顔を見れて今日も満足満足。


 さて、食事も済んだことだし片付けをして今日はもう寝よう。


 狭い部屋に布団を2つ並べ、部屋の電気を消す。今日は買い物で疲れているはずだけど、なかなか寝付けなかった。先ほどまでの違和感が頭の中をぐるぐる回っているからだ。


 スキル、金貨、そんなものラノベの世界でしか見たことないけど、妙にしっくりくるんだよな。つい最近まで身近にあったようなそんな感覚だ。


(でも、そんなことあるはずがない……)


 自分の記憶と感覚のずれに戸惑いながら、やがて訪れる眠気に誘われ意識を手放した。

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