第10話

まず塾の場所を決めることだ。

塾の場所を決めて、部屋を契約しないと。

塾を開くとしたら名東区がいいかな、藤が丘駅の近くがいいかな。その辺りから探してみるか。

藤が丘あたりは日進市や長久手市とは違って都会的な雰囲気があった。藤が丘あたりがちょうど商業地と住宅地の境目になるのだろうか、機能だけを残した商業地のビル群と遊び心のある店舗の建物がちょうど良いバランスで混在している。藤が丘はおしゃれで綺麗な街だった。人が住むにはちょうどいい街だった。大都市への交通の便もよく、森や公園公共施設といった人が暮らすために大切なものも充実していた。Yが好きなのは夕暮れ時の藤が丘あたりの雰囲気だった。オレンジ色の街灯に街路樹が照らされて都会らしいおしゃれな雰囲気があった。

藤が丘あたりでYも学生の頃よくデートをした。駅前の通りから一本奥に入るとおしゃれなレストランやバーが結構あった。酒の味を覚えたのも恋のよろこびを覚えたのも藤が丘だった。

悦子はどうしているだろうかとYは思った。藤が丘辺りでよくデートをしたのは悦子だった。

初めてフレンチを一緒に食べたのも悦子だった。駅裏にあるこじゃれたレストランだった。そこから通りを2本ぐらい奥に入ったビルにあるバーに連れて行ったのも悦子だった。悦子とはいろんなところへよく行ったなぁ。その悦子が最後にYに会いに来たのはお見合いをする前の日だった。悦子はそんなことは何も言わないものだからYは何のために会いに来たのか全くわからなかった。その悦子も結婚したという話を風の噂で聞いた。相手はおそらく前にいた会社でプログラミングのエースだった男だろ。Yは一度悦子からその男の話を聞いただけで会ったことはなかった。でもまああの悦子が男の話をしたのはそれっきりだったのでおそらくその男で間違いないだろう。悦子は小柄でキュートな顔をした女の子だった。前にテレビを見ていたら悦子そっくりの女性が出ていた。本当に悦子が出ているのかなと思うほどだった。その番組は三枝さんが司会をしている新婚さんいらっしゃいという番組だった。結婚に関する出来事をおもしろおかしく扱ったバラエティだった。その番組に悦子が出ているはずはないので悦子によく似たインド人のお姫様だった。インドのお姫様がどうして日本人と結婚するのかよくわからなかったが、まあそんなことも世の中にはあるんだろう。面白いのは悦子も家族とその番組を見ていたそうで、自分でも似ていると思ったらしいことだった。悦子どころか一緒に暮らしている家族も似ているなあと思ったそうだ。

そういえば直美も世が世なら私はお姫様だったのよって言っていたからお姫様って世の中には結構いるんだなとYは思った。


「麻美おれ決めたよ。俺は君と一緒に、藤が丘で塾をやるよ。」

「いいの。今のところはどうするの?」

「辞めさせてもらうさ。今見てる子たちの受験が終わる3月で退職だ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る