第3話

藤が丘には駅の近くにバーや居酒屋が結構あった。森川麻美はYをジャズバーに連れて行った誘った。上は普通のオフィスビルで地下がライブハウスや BAR になっている。

「よく来るのここ?」

「たまにね。」

古いジャズが流れていた。

「今のところの人とは、あんまり来てないかな。」

「ジャズ好きなの?」

「なわけないでしょ。嫌いでもないけど。」

「…」

「どうして私を誘わなかったの?」

「大阪に着いちゃったからさ。」

「うそ!声をかけてきたくせに、途中でやめちゃうなんて…。」

「何怒ってんの?」

「バカ!」

「あなた本当に塾の先生なの?」

「そうだよ。」

「家の塾にはあなたみたいな人いないから。列車でナンパする人なんて初めてだったし。」

「僕だって初めてだよ。」

「うそ、慣れてる感じだったわよ。」

「列車で隣に座った女の人に声をかけるなんて全く初めてだよ。」

森川麻美はまじまじとYを見つめた見た。

「なんで私に声かけたの?」

「綺麗だからさ。」

「本当にそう思ってる?」

「本当さ。」

森川麻美は秋物のブラウスがよく似合う、色白の美人だった。意外に真剣に麻美はYを見ていた。そこには悪ふざけも照れもなかった。大人の女の真剣さが美しかった。

森川麻美の瞳は濡れていた。

「今日何もしないで帰ったらもう二度と会わないから。」

本気らしかった。Yは麻美と近くのホテルに入った。早すぎるよなとYは思ったが、もう後には引けなかった。大人の男と女である以上仕方がないことだなと思った。10代の子供なら喜んだだろうが、成り行きに任せたと言うか流れに逆らわないようにしたという感じだ。こうするのがごくごく自然の流れだろうとYは思っていた。愛でも欲でもなく感覚に従っただけだった。何事もなく一番平和的に過ごせる方法を選んだと言ってもよかった。今更セックスなんてどうでもよかった、他にすることがあれば喜んでそれをしただろ。

森川麻美のことを綺麗だと思ったのは本当だった。その点には全く嘘はなかった。でなければ声をかけたりなんかしない。ただその後の順番がおかしいのか、なんとなく違和感があった。俺は本当に森川麻美とホテルに来たかったんだろうか?麻美にしたってそうだ、これが本当にしたかったことなのか?!もうなるようになるしかしょうがなかった。ただそれだけだった。そういう意味では確かに運命共同体とは言えた。セックスなんかどうでもよかった。ただ順番通りに流れに従ってするだけだった。

列車の中で綺麗な女が隣に座ったので声をかけて、そして流れに従ってホテルまで来たそれだけのことだった。間違っても愛なんてこれっぽちもない。1度か2度あっただけで愛なんて生まれるわけがない。

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