第八章・帰結 #1

 遠くに北アルプスを望む。

 その景色を背に、宇佐美は両手を合わせると、静かに目を閉じた。

 緩やかに線香の煙が立ち上る。

 澄み切った青空の下。時折聞こえてくるのは鳥の鳴き声だけだった。

 宇佐美は目を開けると、しばらく無言のまま…目の前の墓石をじっと見つめた。

 真新しい卒塔婆が立てられている。

 自分と会った2日後に、清次は亡くなっていた——

 その事実を知ったのは、昨日、集落でヤツと対峙した後の帰途だった。

 山梨から急遽長野へ。二人は裕子に案内されて、叔父が眠るこの墓地へやってきた。

「普段着ですみません」

「いいえ、気にしないで下さい」

 裕子はそう言って野崎を見た。

「急な連絡にも関わらず、ご友人の方まで…ありがとうございます。父もきっと喜んでいます」

 裕子はそう言うと、「葬儀は内々で終わらせてしまったんです。本当は、すぐにでもお知らせしようかと思ったんですが…」と宇佐美を見る。

と感じたので…落ち着いてからの方がいいかなと」

「…」

 宇佐美は無言で頭を下げた。

 野崎は、どことなく宇佐美と雰囲気が似ている裕子を見て微笑む。

 この一族は、他にはない、何か不思議な能力を持っているのだろうか。裕子の強い眼差しから、そう感じた。

 墓参を終えて、三人は駐車場まで歩く。

「ここはいい所ですね」

 遠くの山並みを見て野崎は言った。

「空気もキレイだし」

「自然だけは豊富にありますよ」

 裕子は笑うと、「私にとっては理想の場所です」と言って二人を見る。そして、ふと気づいたように腕時計を見て言った。

「やだ、大変。子供たちを迎えに行かないと!」

 そして二人の方を振り返って言った。

「私、こう見えても男の子三人のお母さんなんですよ」

「え?」

 宇佐美と野崎は驚いた。それを見て裕子は声を上げて笑った。

「川島姓を名乗ってるけど、実は私、シングルなんです。女手ひとつで育ててるの!」

 そう言って逞しい腕を見せる。宇佐美は笑った。

「また、いつでも来てくださいね。私たち、いとこ同士なんだから遠慮はしないで」

 そう言って宇佐美の手を取る。そして野崎の方を見て言った。

「野崎さんもぜひ。遊びにいらしてください」

 野崎は微笑みながら頷いた。

 手を振り、慌ただしく去っていく裕子の後ろ姿に野崎は言った。

「逞しいなぁ…」

「そうだね…生命力に溢れてる」

 眩しそうに見つめる宇佐美を、野崎も眩し気に見つめた。

「彼女…お前に雰囲気が似てる。お前が女だったら、あんな感じだったかも」

「俺が?男の子三人のお母さん?あんな逞しさ、あるかな…」

「あはは」

 野崎は笑った。

 冷たく澄んだ風が吹き抜けていく。

 高い空を見上げて、宇佐美はもう一度墓地の方を振り返った。


 大丈夫—―…


 そう聞こえたような気がして、宇佐美はそっと目を伏せた。

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