第11話 終
「………シーナ、こちらの方は?」
「説明すると長くなるから取り敢えず中に入らせていただけませんか」
「分かった。お名前をお聞きしても?」
「ルッツです」
シーナが敬語を使っている姿は新鮮だった。彼女の父親に案内されるままに家の中に入る。シーナは一旦着替えるらしく母親に連れられて家の奥へと消えて行った。
「貴方はこちらへ」
「ありがとうございます」
彼は非常に丁寧だった。貴族と言えば下賤な者への態度など気にも留めないことが多いと聞くが、商売人だからこそだろうか。それとも、シーナが帰ってきたからか。
「私はグレゴリー・ルーファス・ネイピアだ。シーナの父親だ」
「ルッツです。苗字はないですね」
右手を差し出されて、握り返す。貴族と接する機会がそれこそシーナ程度しかなかったために、この対応が正解なのかどうかが分からない。
「貴方にも聞きたいことはある。が、娘が戻ってからと言うのでな、少しの間待ってもらおう」
取り敢えず会釈だけ返事として返すと、先程のゴードンさんが部屋に入って来て飲み物を出してくれた。
ただ正直なところ作法が分からないために何がして良くて何が悪いのかが分からないためにどうすることも出来ない。どうせならシーナに事前に聞いておくべきだったか。彼女ならば気にしないとでも言いそうだが。
無言のまま、ネイピアさんが紅茶を口に運ぶのを眺める。気まずい空気を意にも介さずに、ネイピアさんは嬉しそうに微笑んでいた。
十数分後に、シーナは彼女の母親を連れて戻って来た。
「ただいま戻りました」
「おぉ、おかえり。………シーナ」
ネイピアさんが立ち上がり、青いワンピースに身を包んだシーナのことを抱きしめる。その間に、シーナの母親が此方へと近付いてきた。
「シーナからお世話になったとお聞きしました。私からもお礼を言わせていただいてもよろしくて?」
「いや、あの、はい、あれです。あんまり大したことは」
「話しの続きはシーナから聞きましょう。ルッツさんの話もお聞きさせていただきたいもの」
彼女はチェルシーさんと言うらしい。
ネイピアさんから解放されたシーナが、振り払われて落ち込んでいる彼をおいてこちらに寄ってくる。「そこに座って」と指示されるままに長椅子に座り込むと、彼女は隣に座った。
チェルシーさんとネイピアさんが顔を合わせて、少し笑ってから向かいに腰を下ろした。
そこからは長かった。シーナはあまり深く話し込むつもりはなかったらしいのだが、何せチェルシーさんが事あるごとに話を掘り下げる。別に恨み言を言うつもりはないが、聞いているだけでも少し疲れたのは確かだった。
時折自分も話を振られながら、彼女が野盗に襲われてからの話を順を追って説明する。中には自分も知らなかった話が幾つか出て来た。それに、話す必要がない部分は彼女もぼかして話している。怪我の事を詳細に話す必要はないし、無用な心配は避けたいのだろう。
その後途中で号泣し始めたネイピアさんが語るのを聞くと、彼は運よく直ぐに解放されたらしい。奴隷として売られる際にシーナとネイピアさんは別に場所に輸送されたのだが、ネイピアさんの側の奴隷商が直ぐに摘発され、そのまま解放されたということだ。
「ずっと、シーナの行方を捜していたが………。まさか
「そう言えば、私たちが出る頃にはあの迷宮は封鎖されていました。父様は何かご存知で?」
「分からない、が………」
考えられるのは、自分たちが送り込まれたあの試験で何かが分かったのではないかということ。それか、その試験体制に何か問題が発覚して摘発されたか。
「シーナやルッツ君が送り込まれたとなれば、杜撰な人員収集方法で規制が入ったと考えるのが妥当だろうな」
確かに、一貴族が行っていた事業とはいえ、盗賊から流れて来た奴隷を購入していたとなれば少なくとも問題にはなるだろう。この国で人身売買が認められているのは犯罪奴隷のみだ。もしくは、個人の同意が有った場合か。農村で行われる口減らし基本的に後者だった。国も細かい部分にまで気を配れないからか、家族誰かの合意があれば売ることができると曲解されることもあるが。
「………ルッツ君、シーナの支えとなってくれてことには我が家としても最大限の感謝を示したい。が、今後の身の振り方はどうするつもりだろうか」
ネイピアさんの口調が急に固くなり、姿勢を正した彼はこちらを真っ直ぐと見据えた。
急に話を振られると思っていなかったために、思った言葉が喉の奥に張り付いて出てこない。思わず当惑したままに隣に座ったシーナを見ると、想像以上に険しい表情をしていた。
このまま彼女にこの場を任せると不味い気がする。彼女は落ち着いているようでいて、時折突拍子もないことを言い出すから。
かと言って何の言葉も口から出てこない。
「ネイピア殿」
シーナの口から信じられない程低い声が漏れ出て来る。しかも実の父親に対してその呼び方は何?
「私はルッツと生きて行く。誰に何を反対されようと」
そう言って急に立ち上がると、シーナに抱き上げられた。………ん?
「では」
彼女はそのまま部屋を飛び出した。そのまま長い廊下をかけ始める。廊下の向こうでは追いかけて来たらしいネイピアさんが肩で息をしながらこちらを見ている。
「あのー、幸せにしますから! あと戻ってきます! シーナが落ち着いたら!」
何も言わないのも何だかな、と思って思わず叫んでいた。シーナが抗議するように抱き上げた手に力を籠める。
「私は十分幸せだ」
「僕は君の家族と仲良くしたいから」
「…………まあ、久しぶりの親子喧嘩だと思えばいい。良くある話だろう、娘が恋人を連れて家を飛び出すというのは」
「いや、逆だと思うけどね。普通娘は連れ出される側だけどね」
「良いだろう。これが私たちだ」
門番は驚いた表情をしていた。楽しくなって来て、思わず笑って、そして気が付いたら二人で声を上げて笑っていた。
「なんか、良いな。こういうの。楽しい」
「もう何やっても楽しい気がする」
「ああ、そうだな。そうやって私たちにしかできないことを積み上げて行けばいい」
「あはは、それが良いね」
シーナに体を預ける。
ここからだ。全ては。
Fin.
「………娘が、大切に育てて来た娘が」
「あれは貴方が悪いわよ」
「そこまで厳しい言葉でもなかっただろう」
「シーナの沸点が低いのは良く知っているでしょう? 貴方の商売に着いて行くときだって一度決めたら諦めなかったじゃないの」
「それは、………そうだが。にしても彼は何だ? 幸せにするとは言っていたが、シーナに抱き上げられるばかりで」
「娘を取られて悔しいのは分かるけど、それ以上は感心しないわよ。聞いたでしょう、シーナの話は。もう貴方じゃルッツ君を追い越せないわよ」
「せっかく、帰って来たのにな」
「無事だと分かっただけ良いじゃない。私はそれだけで安心だ。今夜は祝杯よ」
「そうだな」
家族に売られて放り込まれたダンジョンの奥底から帰って来る話 二歳児 @annkoromottimoti
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