第5話

「いつも何を読んでるの?」

 僕はついに彼女に尋ねた。

 バイト中だが許してほしい。一年越しの質問なのだ。

「小説」

 思っていたよりも数倍簡素な答えが返ってきた。一年越しの返答がこれか。

「いやほらジャンルとかお気に入りの作家とか」

「ああなるほど。でも私、そういうのないのよ。雑読系だから」

 彼女はそれだけ言って開いていた本に目を戻した。

 結局彼女の読んでいたものは小説であること以外わからなかった。つまり何もわからなかった。

「……でも、強いて言えば」

 僕は振り返る。何の収穫のないまま仕事に戻ろうとした僕の背中が彼女の何かを動かしたのか、本に目を向けたままではあったが彼女はひとつだけ教えてくれた。

 あのときの彼女は一体何を考えていたんだろう。

「ハッピーエンドが好き」



「平船くんそろそろバイトあがり?」

 ディナーのピークも落ち着き始めた頃、バックヤードで伏上さんは僕に声をかけた。僕は時計を一度見て、頷く。

「はい、これ片付けたら終わろうかと」

「ちょうどよかった。これあげる」

 伏上さんはカウンターに置いてあった茶色の紙袋を僕に押し付けるようにした。

「なんですかこれ」

「ハンバーグだよ。私のまかないだけど、平船くんにあげる」

「え、でも」

「いいの。帰ってから食べて。湯気が出るくらいあっためてね。あったかいごはんは元気出るから」

 今日は冷えるしね、と伏上さんは紙袋を押し付けるようにした。僕は心配症だなあと苦笑しながらも受け取る。

「ありがとうございます。もう元気出ました」

「うん、ちょっとでも穴が埋まるといいね」

 穴? 

 伏上さんの言っている意味がよくわからず首を傾げてみせたが、伏上さんは曖昧に笑っただけだった。彼女にしてはなんだか珍しい表情だ。

「ごめん、余計なこと言っちゃった。忘れて」

「え、なんですかそれ」

「いいからいいから」 

 ひらひらと誤魔化すように伏上さんは手を振った。

「知らないほうがいいこともあるからね」

 それからもう一度店内に呼び出しベルの音でフロアに出ていった。僕の作業はすぐに終わり、貰ったハンバーグを持って更衣室に入り制服を脱いだ。

「お疲れ様でしたー」

「お疲れ様ー。寂しかったら連絡してくれていいからねー」

「しませんよ」

「今日だけね! 特別だぞっ」

「しませんって」

 バイトリーダーの過ぎた優しさに礼を言う代わりに小さく会釈して僕はファミレスを出る。

 外はすっかり夜になっていて、冷たい風が頬を撫でた。

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