三題噺「経験値、ペッパーライス、カモノハシ」

純川梨音

三題噺「経験値、ペッパーライス、カモノハシ」

それはランチタイムの最中に突然切り出された。


 「圭ちゃん、私、カノモハシみたいな人が好みなのよね。だから、別れましょ」


 俺は口に持ってこようとしていたペッパーライスを取り落とした。トウモロコシが皿の外に転がり出る。


 「カモノハシ??えっと、なにも別れなくても…」


 俺は落ちたトウモロコシを拾いながら、まだ可能性が残っていないか探そうとしたが、彼女はとりつく島もなく、さっと席を立って店を出ていってしまった。


 休日の昼間にただ彼女とレストランで食事をしにきただけのはずだったのに。


 一体、自分のなにが足りなかったのだろうと、スマホでカモノハシ、と検索する。

 とりあえず、カモノハシはオーストラリアを生息地にしていて、肉食で、魚や貝やエビなどを食べるらしい。


 「頼むならペッパーライスじゃなくて、パエリアにするべきだったのか??」


 俺の“恋愛経験値”が足りてなさすぎるのか、彼女の言ったことがまるで理解できない。


 歯の間に挟まってとれないトウモロコシを舌でいじりながら、納得がいかないモヤモヤと、フラレたショックで呆然と家路につく。


 だが、俺の不運はそんなものに留まらなかった。




 そろそろ家に帰り着く頃、住宅街の真ん中で、場違いに明るい声がかかった。

 

 「お兄さん、マジカルバナナをしましょう!」


 顔を上げると、目の前に全身黄色いタイツのおっさんが笑顔で立っていた。


 「え?いや、やりませんけど」


 「この勝負は降りられないよ!さあ!マジカルバナナ、バナナと言ったら」


 おっさんは構わず始めた。すると、視界がグニャリとゆがみ、いつの間にかパステルカラーの光が漂うクリーム色の空間に俺とおっさんは立っていた。


 「バナナと言ったら、黄色!はい!」


 俺はなんかもうショックが重なりすぎて、唖然としながら返していた。


 「…黄色と言ったら、月」


 「いいね!月と言ったら、欠ける!」


 俺の返しにおっさんは嬉しそうに笑みを浮かべる。もう、どうにでもなれ。


 先ほどまで呆然としていたからか、調子がいい。おっさんもけしかけてきただけあって余裕だ。


 「いいよー!“経験値”たまってきてるよ。茶色と言ったら、カンガルー」


 (“経験値”?)


 「カンガルーと言ったら、オーストラリア」


 おっさんが妙なことを口にしながらも、順調に進むマジカルバナナ。しかし、おっさんの次の言葉で流れが一気に変わった。


 「オーストラリアと言ったら、カモノハシ!」


 その瞬間、俺の脳裏に別れを切り出した彼女の顔が浮かび、そして歯の間のトウモロコシに意識がいった。


 「カモノハシと言ったらペッパーライス…」


 途端、おっさんはこれまでのどの笑顔よりも満面の笑みを浮かべて、


 「ざ〜んねん!さすがにペッパーライスは違うでしょー。日本発祥だし」


 次の瞬間、ボウン、と音がして、俺は白い煙に包まれた。

 驚いて何が起きたのか確認しようにも、視界はチカチカするばかりだ。まだ煙のなかなのか?


 「やあ、気分はどう?」


 トン、とくちばしに指が当たったのがわかった。そう、そのときに俺は自分の口がくちばしになってしまったことを知覚した。


 (一体何が起こったんだ!?)


 「君はね、カモノハシになったんだよ~。だから視力聴力が殆どない。代わりに、くちばしがすごく敏感だからそれで周りの様子とかはわかるけどね」


 (なに?!)


 「マジカルバナナでターンを重ねて、“経験値”を貯めていく。そうすることで流れが途切れたとき、途切れさせた人はその直前のモノになるんだよ~」


 (そんな…)


 「まあ、そんな落ち込まなくても、カモノハシとしての“経験値”を貯めればいいんだよ〜。カモノハシと言えばキミ、ってくらいにね。そうしてキミが自分の名前で呼ばれたとき、元の人間の姿に戻れるよ」


 楽しかったよ、その声を最後に空間がグニャリとねじれたのがわかった。




 周りの空気は冷たく、夜になっているらしかった。


 (どうしようか…)


 家は一人暮らしで他に誰もいないし、名前を呼んでもらえるか分からないが、知り合いに会ってみるしかない。

 ひとまず俺は、家の近くを流れる川を目指すことにした。幸い水の気配はわかる。川は駅の近くを流れているから川沿いに行けばいずれ知り合いを見つけられるはずだ。

 情けないような気もするが俺はカモノハシとして行動するしかないようだった。


 不幸中の幸いなのか何なのか、スマホでカモノハシのことを検索していたところだったから、カモノハシが食事するとき、砂底の砂利を一緒に口に入れて獲物を砕いて食べることや、毒の爪を持っていることも知っていた。

 山から降りてきていたキツネに襲われそうになった時にはさすがに肝を冷やしたがすぐ川に飛び込んで事なきを得た。



 こうして3日経った頃、俺はカモノハシとして生きていけてたが、知り合いに合っても珍しがられるばかりで名前は呼んでもらえなかった。


 今日もまた夜になり、俺は駅の近くで別の知り合いを待つ。

 しかしいくら待っても知り合いが来ない。夜遅くなり、今日もダメなのかと焦りが募った。そんなときだった。


 「おい、ねえちゃん、つきあえよ〜」


 ガラの悪い声が聞こえて、ふとそちらの方を見ると、俺の“元”彼女が何やら質の悪そうな男に絡まれていた。


 「やめてください!」


 俺はバッと、“元”彼女の方へ向かった。

 後ろのヒレについている毒爪で男の足首に傷をつける。


 「イッて、なんだぁ!?」


 男は興をそがれて立ち去っていった。

 数日くらいは痛みでのたうち回るだろう。


 俺は彼女の方を見上げる。カモノハシの目では表情は分からない。

 

 「カモノハシ…圭ちゃん…」


 その瞬間、ボウン、と煙が吹き出し、目を開けると俺は白い煙に包まれていた。


 「なんで、俺の名前、呼んでくれたの?」


 目の前の彼女は驚いた表情で、潤んだ目を見開いている。


 「なんでかな、カモノハシを見たとき、圭ちゃんの顔が思い浮かんだんだよね」

 

 これは、運命なんじゃないか。

 俺は思い切って尋ねた。


 「もう一度、つき合ってくれないかな」


 しかし、彼女は口端をキュッとあげて微笑むと


 「カモノハシみたいな人が好きとは言ったけど、カモノハシだった人が好きとは言ってないよ」


 俺は肩を落とす。急速に膨らんだ期待が急速にしぼんでいく。


 でも、と彼女は続けた。


 「いいよ、もう一度つき合ってみても」


 「!」


 俺の“恋愛経験値”は、微細ながら積まれたらしい。

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三題噺「経験値、ペッパーライス、カモノハシ」 純川梨音 @Sumikawa_Rion

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