第7話  ギャラリー



 父雄太の絵画は百貨店に展示されている事も多いので、非常に高額になる。それでも近年は百貨店でも若い画家の作品も多く、敷居が低くなって来ているが、雄太の絵画は高く評価されているので高額だ。


 まあ作品と価格の折り合いが付かないので、売れていないのもあるのだが?その為最近は、企画ギャラリー(複数で借りて展示をする、グループ展)や貸しギャラリーでの展示が中心になって来ている。


 同じ作品でも若干低価格になるし、画家本人から直接絵画の説明をして貰える事もあり、作品を買ってくれる人が多いのだ。






 そして…貸しギャラリー。

 問題の、この個展が収益のカギを握っている。貸しギャラリーの場合は、自分の個展を開いているが?個展を開く時は妻沙耶に手伝って貰っている。


 何故かというと?絵画愛好家達の中では沙耶はちょっとした有名人。


 才能有る画家の妻にしてこの美貌。清楚な中に何とも言えない色香漂う円熟味を増した美しい沙耶。個展ともなれば沙耶の周りには、ブルジョア達の人だかりが……。


 こんな経緯もあり最近は雄太の絵画が、メキメキ高額で売れて来ている。


 雄太の絵画がここまで売れるようになったのには訳があるのだ。当然の事ながら雄太の作品の素晴らしさは言うに及ばないが?それよりなにより、この美しい沙耶目当てという事も往々にあるのだ。


 雄太は、どんな事をしても有名になりたいと強く願っている。そして…今まで散々苦汁を飲まされて来た鼻を明かしてやりたいと思っている。


 有名どころの画家たちの中には一緒に机を並べた同窓生もいる。名立たる絵画コンクールにも数々優勝。更には、類まれな逸材と高く評価をされていたのだが?現実は厳しい。


 自分の方が遥かに上だった筈なのに、さして評価されていなかった輩が、いつの間にか名をはせている現状に強い憤りを感じている。そこには周りの環境に恵まれている強い力が働いての事なのだ。【例えば巨匠中の巨匠である有名画家の子息や孫等々】


 この様な現状化、プライドの高い雄太はどんな事をしても上り詰めたい。その為だったらどんな犠牲もいとわない。そのくらい焦りと怒りで一杯なのだ。



 ◆▽◆


 まだまだ作品が売れなかった時代の、個展会場での一コマ。


 東京屈指の大富豪の70歳の老齢の男性山本が、雄太の作品の大ファンという事もありギャラリーを訪れた時の事だ。


 沙耶は夫の強い意志を受け継いで(何としても!買って貰わなくては!)と作品の売り込みに必死だ。


 必死の売り込みが終わった沙耶は大きな手ごたえを感じて、山本の返答に胸の高鳴りが抑えきれない。


 すると山本は「高額で素晴らしい作品ですが?沙耶さんあなたが一度家に来て詳しく説明してください」


 沙耶は100万円もするこの素晴らしい絵画を買って貰える為なら、そんな事などなんのその、喜び勇んで田園調布の豪邸に向かった。




 田園調布の敷地内には手入れの行き届いた見事な和風庭園がある。


 石畳を歩いて行くと庭園の中央には、自然そのものを縮図化した池が有り、曲線を帯びた太鼓橋が見えて来た。


 自然を表現した緑豊かな山をつくり、そこから水路ができて池に流れている。


 その清流の流れのあまりの心地良さに一瞬時が止まった。そんな感覚を覚える沙耶。

 日本の芸術の粋を結集した何とも芸術的な、庭園のあまりの美しさに見入っていると、あの時の老齢の男性山本が声を掛けて来た。


「どうぞ中へ!」


 豪華な和室の応接間に招かれた沙耶は、豪華な調度品の数々に目を丸くしている。


 するとその男性が「桐谷画伯の絵を、この応接間に飾りたくてね~!」と好感触な第一声にすっかり舞い上がってしまった沙耶。


 それでもこの豪邸には似つかわしくない、余りにも閑散とした佇まいに(お手伝いさんだけは、さっきお茶を運んでくれたから居るのは分かるが、他には誰も居ないのかしら?)そう思った沙耶は思わず山本に話しかけた。


「あの~?奥様は?」


「嗚呼……妻は5年前に乳がんで他界しまして……それからは私一人で、この広い家に……本当に寂しいもんです」


「素晴らしい豪邸で只々見入っております。ところで絵画はお気に召されましたか~?」


「ああ!最初からあの絵には目を奪われていました。是非とも購入させて頂きます」


「アアアア!本当にありがとうございます」


「その前にチョット年寄りの趣味に付き合って貰えないかね~?」


「はい!喜んで!」


「茶室で茶でもたててしんぜよう!」そして2人は茶室に向かった。


 沙耶が茶室に入った途端山本が意味有り気に、ピシャリと茶室の障子を閉めた。


 そして…急に今までの紳士ぶりから一変して「ウッフッフッフ~!」


一気に沙耶に近付き…今まで穏やかだった態度がまるで噓だったように一変して、沙耶の身体を引き寄せ服をはだけて、豊満な乳房に手を忍ばせ、欲望のままに股ぐらに手を這いつくばらせて来た。


「ななっ何をするんですか~!オッオヤメ下さ———い!ダッ誰か———た助けて————!」


「ウフフフフ~!絵画は今直ぐ購入する!お金は今キャッシュで支払う!その代わり良いだろう?」


「止めて!止めて下さい!お願いです!」70歳と言えども獣と化した男の力には勝てず……とうとう強姦されてしまった。


 こんな事、夫の雄太にも言えず人知れず泣き尽くす沙耶。


 沙耶も、嫉妬深い夫に気付かれては大変と思い、服装の乱れを整え、髪と化粧も直し平静を装い家に帰った。こんな事も有り、沙耶はたとえ愛する夫の為とは言え、二度とこんな事は御免だと強く思った。


 こんな事が幾度と繰り返されたある日……とうとう堪り兼ねて夫に言った。


「あなた、私教員の仕事も有るので、あなたの絵画のお手伝い減らして欲しいの」


「何を言っているんだ~?お前が手伝ってくれなかったら絵が売れないだろう?」


 そう言えば、沙耶が絵画の交渉に出掛ける度に、チョットした異変に気付いていた雄太。


 例えば、微かにではあるが、服のボタンが取れていたり、身体に微かにではあるが今まで見た事もない赤い皮膚炎症、例えば首筋に……そしてある時は、豊満な乳房の辺りに……これは男との交わりを意味しているものだと薄々気づいていた雄太。


 だが……そんな事とは分かっていても、どんな事をしても世に出たい雄太は、例え愛する妻の肉体と交換であっても、それより何よりどんな事をしても、上り詰める事を最優先している。

 

 名誉欲に取り付かれてしまった雄太。


 これからこの2人はどうなって行くのか?






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