第5話 「人体機械化事件」についての調査報告

以下は、日本整形外科学会雑誌(1974年)に掲載された学術論文の抜粋である。


1.緒言

 1973年6月~7月にかけて、東京都内各所において、通り魔的な強盗傷害並びに猟奇殺人事件が十数件連続して発生した。いずれの事件においても、犯人は即日警察によって検挙されたが、この犯人達がまた問題であった。警察は彼等の取り調べを行ったが、事件の解明どころかより不可解な謎にぶつかってしまったのだ。犯人達は皆、身体を機械化していたのである。信じ難いことであるが、彼等の身体には多種多様の電子機器が埋め込まれていた。腕部、脚部、胸部、腹部、股間、そして頭部に至るまで、人体のおよそ考えうる全ての箇所に、機械部品が埋め込まれていたのだ。逮捕された犯人達の異常な挙動(警官による尋問に一切答えず、チック症のように首や手足の反復動作を繰り返していた)を不審に思った警察が、薬物接種の有無を含む精密検査を行ったことにより、上記の事実が発覚した。整形外科的な治療により、骨格補強のためのワイヤーやボルトを埋め込む例はあるが、本事例におけるそれは、明らかに外科治療の域を超えるものであった。元々本事件は、「素手で被害者の顎を引き千切る」「80㎏近い被害者を持ち上げ、2mを超す塀の向こうへ放り投げる」「短距離走の国体選手だった被害者に簡単に追いつき、強盗傷害を行う」「ビルの4階に位置する部屋に、壁を登攀して侵入する」という、単なる通り魔事件では片付けられないような(警察の言を借りるのであれば)極めて強い異常性を有する事件であった。それに加えて、上記の「機械化」に関する事実が明らかとなり、通常捜査の域を超えると判断した警視庁の判断により、科学警察研究所と複数の大学、病院が共同で調査チームを編成することとなった。


2.調査結果

 警察病院に入院中であった4名の犯人の身体と、彼等の身体に埋め込まれた機械類の調査が行われた。機械類の調査に関してはすぐに結果が出た。彼等の身体に埋め込まれていたのは、トランジスタ、コンデンサ、可変抵抗器等、いずれも市販の電子機器類(中にはTVやラジオを分解して取り出した部品もあった)であり、何ら特殊な機械類では無かった。また、それらの電子機器はただひたすら無作為に身体に埋め込まれており、神経系や筋組織、骨格等とは一切接続されていなかった。それどころか、電子部品間の配線すら無く、ただ無理矢理に人体に埋め込まれていただけであることが判明した。つまり、これら身体に移植された機械類は機械本来の動作を意図して埋め込まれたものではなく、単に異物として挿入されたものであった。機械類を身体に埋め込んだ際の切創は極めて稚拙で事後の処置もほとんど行われていなかった。このことから、これらの異物埋め込みは医学的な知識が一切無い者、恐らくは犯人達自身の手によって行われたことが類推された。


3.症例

症例1:20代、男性

経緯:1973年6月、1件の殺人と3件の殺人未遂で逮捕

症状:上腕、下腕、太腿、脹脛(いずれも左右両方)に切創と縫い跡。内部に計27個の電子機器

処置:異物挿入の経緯に関して質問するが、問いかけに関して反応無し。ただし、異物を摘出する旨伝えると、著しい抵抗を見せる。鎮静剤で落ち着かせた後、再び異物挿入の経緯に関して質問するが、反応無し。警察担当者、男性の親族関係者も交えて相談し、全身麻酔の上で異物の除去を行うことに決定。手術室に搬入し、約2時間の手術で、異物を全摘。

術後:手術後、麻酔から覚めた患者に対し異物を全摘した旨伝えると、号泣し、嗚咽するなど著しい落胆を示す。詳しく話を聞こうと試みるが、泣き喚くばかりで一体何を悲しんでいるのかは不明のままであった。自殺を仄めかす発言も行ったため、念のため精神科の病棟に移し、経過を観察することとした。病棟移動した日の深夜、当直の看護師が病室を見回った際、ベッド上において自分で自分の首を絞め、心肺停止状態でいるところを発見される。救急部に運ばれ蘇生処置が行われるが、1973年8月3日午前0時21分、死亡を確認。


症例2:40代、男性

経緯:1973年6月、2件の強盗殺人で逮捕

症例3:20代、女性

経緯:1973年7月、3件の殺人未遂(放火)と2件の住居不法侵入で逮捕

症例4:30代、男性

経緯:1973年7月、1件の殺人と3件の殺人未遂で逮捕

処置:上記3名の患者は症例1の患者に続けて治療を行う方針であったが、症例1の患者の自死により、方針転換を余儀なくされた。3名とも、症例1の患者の死に非常に動揺しており、異物の摘出手術に関して頑として受け入れない姿勢を見せた。患者の死と異物摘出は無関係である旨説明したが、3名ともこちらの説明を一切受け付けなかった。話を聞く限り、彼等は「体内の異物を抜き取ること」そのものに強い忌避感を抱いていることが分かった。これは症例1の患者が見せた態度と同様である。事件捜査のためにも、患者の自死念慮を惹起するのは好ましくないと考え、警察担当者、患者の親族関係者にも相談のうえ、全員を精神科病棟に移動し、経過観察を行うこととした。

処置後:3名とも、医師や看護師の目を盗んでは自傷行為を行い、体内に異物を埋め込もうとする行動が見られた。埋め込む異物はやはり電子部品ではならないらしく、病棟内の医療機器や電子機器が彼等により破壊される事例が相次いだ。やむを得ず身体拘束により行動制限を行ったが、抵抗著しく、医療者も本人も危険に晒しかねない状況であった。「1.緒言」にもあるとおり、3人とも常人離れした身体能力を有しており、特に症例4の患者は拘束用のベルトを引き千切り暴れるといった行動を見せた。3人とも拘束衣を着せたうえ、ベルトでベッドに固定するという手段で行動制限を行うほかなかった。3人に対しては連日、如何なる経緯により電子部品を身体に埋め込むようになったのか聞き取り調査を行ったが、いずれの人物もこちらの問いかけに対して答えることは無かった。ただひたすら瞬きする、肩を揺する、口元を吊り上げては下げるといった、チック症のような反復動作を繰り返すのみであった。精神科の医師にも診察してもらったが、個々の症状に対して薬を処方することは出来るが、やはり根本的な問題である「異物の埋め込み」問題を解決しない限り、寛解は難しいという意見であった。


4.考察

 警察は当初、上記4名の患者について何らかの人体実験の被験者ではないかと考えていた。彼等が見せた常人離れした身体能力と、体内に埋め込まれた電子機器という事実から、そのように推測したのだという。だが「2.調査結果」で記載したとおり、4名の患者に埋め込まれていた電子機器は文字通りただの異物であり、機械的な肉体組織の強化とは全く無縁のものであった。また切創と縫合痕の状態から、異物の埋め込みを行ったのは医学的知識のない素人、恐らくは彼等自身である可能性が非常に高かった。詰まるところ、本件における一番の問題は、彼等が如何なる理由により自分の身体に電子機器の埋め込みを行ったのか、という点に集約される。

 性的嗜好から、性器や肛門に異物を挿入する、あるいは自傷行為を行うといった事例は過去に何件か報告されている。こういった異物挿入と異常犯罪が結びついた例としては、アメリカの大量殺人鬼であるアルバート・フィッシュ(1870~1936)の例が挙げられる。この男は未成年者を対象として複数件の殺人と死体損壊を行った殺人鬼であるが、同時に極めて強い自傷癖があった。彼は自身の性器に針や釘を何本も刺し込んでおり、そうした異物の一部は骨盤にまで食い込んでいたことが確認されている。この男の場合、幼少期の苛烈な虐待経験により重度のマゾヒズムに陥り、それが長ずるにしたがって年少者へのサディズムへと倒錯したと考えられている。では、今回の「人体機械化事件」の犯人達はどうだったのであろうか。

 警察の調べによると、患者4人はいずれも「インドス」という民間団体に所属していたという。インドスとは「混血」を示す言葉であるが、この団体は新興宗教的色彩が強く、自分達をチベット密教の正当な継承者と称していた。昨今、全共闘運動を初めとする学生運動の敗北的退潮により、特に若い世代において、こういったオカルティズムへの傾倒が散見されるようになっている。密教においては苦行による魂の救済を目指す考え方があり、実際このインドスという団体も、警察の調べによると「救いはこの世の業を全て背負い込んだ先にある」として、門外不出の苛烈な修行を参加者に課しているとのことであった。患者4人の異物挿入はそうした宗教的苦行の一つであり、それが一種の自己暗示となり、彼等の身体能力と暴力的精神性を異常なまでに昂進せしめた可能性が考えられる。4名の患者がいずれも異物の摘出を強く拒絶したのは、苦行を取り除くことにより彼等の修行が無に帰してしまう可能性を恐れたためではないであろうか。もっとも、宗教的信仰とその暴力性に関しては医学的知見の手に余る問題であり、これ以上に関しては人文科学的な見地からも議論を深めたいところである。いずれにしても、これ以上については警察の捜査結果が待たれることである。


追記

 論文の投稿から掲載までの間に、警察の捜査に進展があったため、ここに追記する。警察は信者に対する虐待の疑いでインドスへの強制捜査を決定したが、団体側はこれを事前に察知したらしく、警察が踏み込んだ段階でインドスの拠点ビルは既にもぬけの殻になっていたという。主催者を含め、団体に参加していた信者の行方は今もって不明である。彼等の素性が分かるような物品も一切残っておらず、教義の内容も、どれだけの数の人間が団体に参加していたのかも不明のままとなっている。結果として調査チームは、本事件の具体的経緯や背後関係を解き明かすことが出来ないまま、解散となった。

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