第9話

「なんでワシが京都くんだりまで来なきゃならんのだ!いちいち!」

ハットにダブルコート、丸目のサングラスをかけ片手にステッキを持つかなり恰幅のいい男

その男は西郷隆盛

薩摩藩知事であると同時に西政府の閣僚でもある

「だからリモートでやれって言ったんじゃんか」

「うるさい!リモートなんかで話ができるか!気持ちが伝わらんのじゃ!」

「相変わらず古いなぁ」

西郷に軽口を叩く小綺麗な女

西郷付きの参謀 大久保利恵

「おまえ、日傘が足りてないぞ!ほれ!ちゃんと差せ」

「すみません、ただ今」

「お前はいちいち気が利かんのう」

西郷に八つ当たりされている長身細身の男

西郷付き 秘書兼護衛 中村半次郎

西政府は合議制でちょくちょく京都に呼び出される

しかも西郷は兼任だ、こんなに呼び出されてはたまったものではないだろう

気苦労もたえない


「ったく…暑いの!車はどうしたんじゃ!」

「そこに止まってるよ」

「こんな狭い車にワシが乗るのか!」

「ハイハイ、わがまま言わないの!」

「チッ!」

西郷が不機嫌なのは何も京都に来た事がめんどくさいだけではない

「まーたあの長州の奴と会うのか…」

「仕方ないよね、あの人も閣僚の1人だし」

「僕もあの人があまり好きではないですね…」

「やかましい!お前に何がわかるんじゃ!」

「失礼しました」


ブーブー


中村のスマホがなった


「こうなったら何言っても無駄だから口挟まん方がいいよ」


大久保さんからラインだった

「あぁぁ!イラつくなぁ!元々は長州の革命派の馬鹿共が議会を乗っ取ろうとするからワシら薩摩が仲裁にはいったんじゃ、それをあのクソボンがワシにいちいち楯突いて…」

西郷はタバコに火をつけようとしたら

「すんまへん…禁煙なんですわ」

「なんじゃ!なんならこんな車買うたるからタバコくらい吸わせえ!」

タバコに火をつけて煙をくぐらせた

「ゲホ、ゲホっ!煙いよ消して!もー」

「お前までまそんな事いうんか!」

そんななか中村が小切手を運転手にそっと渡した

「この車薩摩藩で買取ります、この価格でどうです?」

「こないもらえるんですか?!どこへでも行きまっせ!」

「では、池田屋という料亭にお願いします」

「任しとき!」

運転手のアクセルが強くなった


ーーーーーーーーーーーー

「お客さん着きましたで、ここで待ってればよろしいか?」


「うん。たのむよ」

実務は大久保なんだろう、西郷は我関せずと言った所だ


車から降り池田屋の門をくぐり入口まで歩くが

「やっぱりワシ帰ろうかな」

「何言ってるのさ?ここまで来て会わないとかありえないよ!」

「あぁぁ!クソボンめ!」

敷き詰められた小石を西郷は蹴った

入口で入り女将が出迎えた

「西郷様ですね、お話しうかがっています、どうぞこちらへ」


「西郷さん、話す時はくれぐれも冷静にね」

大久保が釘を刺す

「分かっとる!んなことは」


座敷に着いた

引き戸を開けると

「やぁ西郷さん、久しぶりですね。あれ?時間オーバーしてるかな?」

「道が混んでたんだ、仕方ないだろ?」

「薩摩にはこれだけの交通量ないのかい?それじゃ無理もないか、参謀と秘書がいて誰も時間の事を言わなかったのかい?その点ウチの幾美は優秀だよ」

時間に遅れたのはたしかなので強くは言えない

この飄々と話す男は長州藩参謀 桂小五郎

隣にいるのは幾美、この男はどこに行くにも恋人を連れている

長州藩知事の毛利はずっと体調不良で藩政は事実上彼が仕切っている

「お互い閣僚会議があるだろう、話とはなんぞね」

西郷が帽子を取りながら話しを切り出した

「そうそう、うちが使ってる諜報員から連絡が途絶えたんです。やはり例の幕府部隊でした」

お茶をすすりながら話す桂の顔は苦虫を潰したような顔だった

「ウチはいま誰かさんに仲介されて若いヤツらがバタバタしてましてね?余裕がないんですよ」

「何がいいたいんじゃ、お前は?」

「西郷さん、あんたの所は徹底した秘密主義だ、それは裏を返せばその秘密を守るプロがいるってことでしょう?幕府の部隊なんとかなりませんかね?」

「なんだ、そんな事か、もう手は打っている、幕府新部隊も一枚岩ではないんだ」

桂は驚いた

「ほほー!さすがは西郷さんだ!手回しが早い!この件お任せしますね」

「なんでワシが!」

「そもそも仲介なんて余計な事しなければウチの戦力は落ちなかったんですよ?だよね?幾美?」

「ええ。小五郎さん」

2人は西郷に敵意むき出しで煽ってきた

「ねぇ?小五郎さん、怖いわ。」

「どうした?」

「なんだかあちらの秘書さんから凄く怖い感じがするの…」

半次郎が2人を見つめていた

「中村君、何か気に触ったかい?」

「いえ、そんな事は…」

立ち上がった西郷が中村を張り飛ばした

「場と立場を弁えろといつも言っているだろう」

「ゲホっ…すみません…」

「吉之助、それくらいに」

割って入ったのは大久保だ

「少し風にあたってきます、さ、中村さんも立って…幾美さん?少し中庭を案内してくれないかしら?」

人払いの合図だろう

「幾美、案内して差しあげて」

「小五郎さんが言うなら…ここの庭園は見ものですよ」

幾美が立ち上がり先導するように外へ出るよう促した

「私は西郷さんのお側を離れる訳にいかないので」

「大丈夫だ半次郎、お前も行ってこい」

「しかし…」

「桂さんはここでワシに何かをするような御人ではないよ」

「承知しました、では…」

幾美、大久保、中村の順で部屋を後にして行った

中村は最後まで桂を睨みつけていた

「あの秘書さんには嫌われたみたいだ」

「中村はもう少し人への理解をするようにすればいいんだがなぁ」

「「嫌われた」を否定しないんですね、それに少し盲信的だ」

桂は流行りの電子タバコを取り出し吸い出した

「で?人払いの理由は?」

「今ウチの大久保が東の奴と最近連絡を取り合ってる、こいつが使えればワシらの計画が早まりそうだ」

西郷もタバコに火をつけた、吸う量多いと吐く煙の量も多い

「東の人間?信用できるんですか?」

「さぁ?ワシに会いたいとか抜かしてるみたいだがそんな簡単に出張る訳にもいかん」

「貴方は外交権もお持ちだからあっちに行こうと思えば行けるのは羨ましいですよ」

「嫌味か?こんな時に?」

「いやいや、素直な気持ちですよ」

「単刀直入にいう、ワシが東にパイプを作れたら…桂さん、あんたに大阪を獲ってもらいたい」

「大阪か…あそこは特殊な独立自治だから一筋縄ではいかないですよ」

「ほほーワシの頼みを断るんか?」

「そうは言ってない、簡単じゃないって事ですよ、まぁやるだけはやりますがね」

「ワシには喧嘩を売るくせに随分とまぁ弱気なこっちゃ」

「どう取られても結構です、まずは貴方が東とのパイプを作ってから話を進めましょう」

「わかったわかった、さて、議会もあるからこれで帰るぞ、よっこらせと」

大柄な西郷は立ち上がる時も大変そうだ

「中村、どこじゃ!」

「ここに!」

部屋の入口に中村が立っていた

「大久保も呼んでこい、帰るぞ、じゃあの、桂」

「ではまた…」

バァン

西郷はいちいち動作が大きい

「戸を閉めるくらい静かにできんかね」

少し呆れた感じで桂は電子タバコを咥えた


ーーーーーーーーーー

「何話したの?」

「お前に関係ないわ」

「そうはいかない、私は参謀よ?事態を把握する必要があるから」

「お前が進めてるパイプの話をした」

「なんでするのさ!」

「深くは喋っとらん!それに反応がみたかったんじゃ、このパイプができたら桂のより優位になる、交換で大阪を取れって言ったが無理だろうな」

「大阪?あそこは無理じゃん」

「大阪を取るのはそんなに難しいんですか?」

中村が運転をしながら喋っていた

「お前は運転に集中せい!てかなんで?お前が運転してるん?」

「クルマを買い取ったのでそういう事かと…」

コンソールパネルに少し血の着いた手袋があった

「運転手やったんか…お前なぁ」

「西郷さんに意見をする運転手なんて必要ありませんね」

「まぁこうやって話せるのは有難いのぅ、半次郎、気が利くようになったじゃないか」

「ありがとうございます!」

嬉しそうな半次郎

「君らめちゃくちゃだよ」

大久保はやれやれと言った感じだ

「大久保お前は少し回りくどい、東を取るんだ、なりふり構ってる場合でもない、例のパイプの件はお前と半次郎に任せる」

「わかったわ、使えるかどうかはまだ様子見だけどね」

「使える奴なら使うまで、使えんかったら…半次郎…分かってるな?」

「心得ています」


ワシは薩摩の田舎だけで満たされん

西政権の閣僚?

そんなもんでも満足いかん

ワシは全部欲しい

この島国はまだまだ成長できる

こんな小さい所で争ってる訳にはいかんのだ


「多く望んで何が悪い…」


「ん?なんか言った?吉之助?」


「何でもないわ!」

ミラー越しに半次郎がチラチラ見ている

「何見とんじゃ!」

「失礼しました…」


議会の連中も出し抜いてやる

それには桂の野郎に先を越させる訳にはいかん

ワシがやるんだ

ワシ以外に誰がやる


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