第86話 喪失
「......あれ」
ふと目が覚めた。
「どこだここ」
身体中が痛い。僕は首を動かし辺りを見渡す。柵のついたベッド、カーテンで遮られた周囲から聞こえてくる誰かの声。
窓の外は暗く、陽が落ちきっていた。
(......病室......?)
......そうだ......僕、確か学校で......。
その時、あの光景を思い出した。血の味と揺れる視界。涙を流しながら悲痛な表情で去っていく深宙と、そしてそれを追うアッキーの背。
......どう、なった?
ドクンと鳴る心音。頭がくらくらする。けれど、それどころではない。深宙は、無事なのか......!?
「――痛ッ!?」
――ズキン、と右手に凄まじい痛みが走った。
みれば包帯の巻かれた右手。その激痛からあの時負った怪我の重さが計り知れた。
その時。カーテンの間から誰かが入ってきた。
「おにいちゃん!」
それは妹の刹那と両親だった。いち早く駆け寄ってきた刹那は僕の頭を抱え込み、名前を呼び泣きじゃくる。
「大丈夫なの春......!」
母さんが辛そうな表情で問いかける。それに頷き肯定する僕。
「いやあ、頑張ったな春。4人相手によく深宙ちゃんを護ったな......偉いぞ」
父さんはそう言って僕に笑いかける。しかし、どことなく複雑そうな表情だ。けど、深宙を護った?......彼女は、逃げ切れたのか?
「深宙は、無事なの!?」
「お前が気絶した後、紙一重で助けが入ったんだよ」
「助け......?」
「お前の学校の先輩さ。浅葱って人と青葉って言ってたぞ。男の先輩だ」
浅葱先輩......青葉って誰だ?
「今は二人共事情聴取で警察に呼ばれてる。ちなみにお前を襲った男達な、捕まったよ」
「......そうなんだ」
「やつら今回みたいな連れ去りは初めてじゃないみたいでな。お前が戦ってた時も車には二人の女の子が拘束されていたんだ。ちなみにその内の一人は青葉って先輩の姉だったみたいでな。お前に感謝してたよ」
「そう」
「そうって......お前が皆を救ったんだぞ」
「そんなことより、深宙は?どこにいるの?怪我はしてない?」
何故か面食らったような表情になる両親と妹。他の誰がどうなったとか僕にはどうでもいい。とにかく、深宙だ......彼女は?
焦る僕をなだめるように父さんは頷く。
「逃げる時に転んだみたいでな。でも擦り傷だけだ......大丈夫、深宙ちゃんはちゃんと無事だよ。あの後、彼女の父親が来てな......連れて帰ったから安心して良い」
「そっか......良かった、ほんとに」
まるで重い枷が外れたかのようだった。深宙が酷い目にあわずに良かった。
「おにいちゃんは大丈夫なの」
見上げる妹、刹那が心配そうに瞳を潤ませる。
「うん、大丈夫......ちょっと右手と頭が痛いけど、平気だよ」
「怖くなかったの?たくさん痛いことされたでしょ?」
「深宙が無事なら、僕は大丈夫」
「......おにいちゃん」
「?」
刹那が泣き出す。どうしたんだろう......。僕は心配になり妹の頭をなだめるように撫でた。
「春。今日は入院することになってるから、俺たちはお前の着替を取りに一度家に帰るよ」
「え、僕平気だよ。帰れる」
「駄目だ。自分が思うほどお前は無事じゃない。右手だって骨折してるし、それに気絶する程の衝撃を頭に受けたんだぞ。ちゃんと検査してもらえ」
「......」
それから両親が帰り、妹と二人になった。
僕が目覚めた事を両親が看護師さんに伝えたようで、二人が帰ってからすぐに医師の先生が来て検査をすることに。
一通りの検査を行い、出た結果は脳波に異常は無かったが、問題は右手の方だった。一応治ることには治るが後遺症が残るとのことで、上手く動かせなくなるかもしれないと言われた。
(右手......もう、まともに動かないのか)
ふと、最後に見た深宙の表情を思い出す。辛そうに、苦しそうに走り去る彼女。深宙はかすり傷ですんだと父さんは言ったけど、心の方はどうなんだろう。
トラウマになりかねないよな。大丈夫かな、深宙。
「......僕の携帯は」
深宙の声が聞きたい。心配させてるだろうな。僕は大丈夫だよって伝えたい。彼女の心を少しでも軽くしてあげたい。
深宙の事だ。自分のせいでとか思いかねないし。
「はい」
「!」
携帯を探していると刹那が机の引き出しからそれを取り出してくれた。
「ありがとう、刹那」
「ん」
左手で頭を撫でてやると嬉しそうに顔を歪める。そして携帯を手に取り見てみると。
「......画面が割れてる」
「うん」
これじゃあ深宙と連絡が取れないな。どうしよう。
「おにいちゃん」
「ん?」
「おにいちゃんはあれだね。ちょっとあれだ」
「あれってなんだ」
うんうん、と頷く刹那。全く意味がわからない。あれってなんだよ。おにいちゃんをあれ呼ばわり......。
「おにいちゃんはあれなんだよ」
「だからどれだよ」
「いーのいーの。気にしなくていーよ」
「えぇ......」
「大丈夫。今度からね、ちゃんと見張っとく。おにいちゃんのこと、ずっと見てるから......どこにいても、刹那が」
「......」
え、怖い。急に怖いこと言い出したんだが。うちの妹......。
――その後、僕は学校へ登校することが出きるようになるまで一週間かかり、訪れたそこにはもう深宙の姿は無かった。
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