第85話 痛みの先


 ――ゴッ


 初めて人を殴った。


「――ッ!?」


 当たりどころが良かったのか悪かったのか、一発で地面に崩れ落ちるアッキー。アスファルトに広がる彼の血液。


 そこで我に返る。


 頭に血がのぼり、ここまでの記憶がとんでいる。気がつけば殴り倒し、深宙を彼らから引き剥がしていた。


 複数人いた男に囲まれた中からよく深宙を救出できたなと、今の状況を見て手が震える。けど、間に合った......救えた。


 これからどうするのかという問題はあるが、とりあえずは深宙を奪われずに済んだ。


「あーあ、のびちゃってんじゃんアッキー」


 一人の男がへらへら笑う。


「つーか、あんたその手、大丈夫?」


 いわれて見てみると、右手がおかしなことになっていた。アッキーを殴った事で指が変な方へまがっていて、感覚がない。


 一瞬でこれはもうギター弾けないなとわかった。けれど後悔は少しも無かった。


 ただ深宙の悲痛な視線が僕の胸を刺し、そっちのほうが辛かった。また深宙を悲しませて、僕は馬鹿すぎる。


 嫌になる。本当に、こんな不器用で間抜けな男......でも、深宙は渡さない。


 とにかく、早くここから逃げないと。そう思い後退しようと深宙の手を握る。ゆっくりと、少しづつ学校の方へ。


(......走るタイミングを間違えれば、再び取り囲まれて終わる)


 そうなれば、もう深宙を助けることは出来ないだろう。それがわかっているからあいつらはあんなに余裕を見せていられるんだ。


 4人の男はにやにやと笑いながら僕らに迫ってくる。この状況は既に蛇が鼠を飲み込むようなもので、もしかしたら僕はもう詰んでいるのかもしれない。


 けど、深宙だけは逃がす。僕がどれだけ痛めつけられてもいい。たえられる。


 でも、深宙が奴らの手に落ちたら、僕はもう生きてはいけない。その時――


「がっ!!?」


 ――バチィ!!と頭の中で火花が散った。


 地面に転がる僕。全身が痺れ、脚や腕が痙攣している。上から覗き込むように奴らの仲間であろう男がしゃがみ見下ろす。


 その手に持っていたのはスタンガン。バチバチと光をはっする凶器。ペッと僕の顔に唾を吐き捨て、「背後に気をつけねえとかさあ。おまえ、ばかぁ?」と腕にスタンガンを押し付けた。


 バチバチバチバチッ!!!


「あああっ、ああああ――!!!」


 ビクビクと苦しみ叫ぶ僕を眺め笑う男たち。その背後で一人の男が深宙を捕まえ体を触ろうとしていた。


 瞬間、痛みを凌駕する。僕は男たちを押し退け、深宙を拘束しようとしていた男に体当たりをした。


「春くん!!!」「深宙、逃げろ!!」


 その瞬間、髪を鷲掴みにされ電柱に頭を叩きつけられた。割れる額、折れる鼻。血の味がする。だが、僕は掴まれている髪ごとその男の手を掴みかかる。


「お前、すげえな。そんなに大切なのか、あの女......」


 引いているような男の声。僕もお前らのやってる事にドン引きだからお互い様だ、と謎の理論が頭の中を駆け巡るくらいには僕の状態はヤバかった。


 けど......アッキーを行動不能に出来たのが不幸中の幸いか。


「おい、で、でめえ......」


 あー......くそ。噂をすればと言うやつなのかもしれない。アッキーが横に居た。僕を拘束している男が笑う。


「ははっ、お前!その顔!凄えな!?こいつの拳、そんなに強烈だったのかよ!?」


 見てみればアッキーの鼻はひしゃげていて額も割れていて、くしくも今の僕と同じような怪我の具合になっていた。


「ッッ!!わらっでんじゃねえェ!!」


 怒りのボルテージがぐんと上昇するアッキー。おそらく僕を拘束してる男の煽りが効いたんだと思う。ほんとやめてほしい。


(......深宙、逃げてくれたんだな。良かった......)


 これであとは野となれ山となれだ。もしかしたら海に捨てられるかも、まあさすがに殺されはしないだろうけど。これからどうなるんだろう。


 もうめちゃくちゃだよ。ほんとに......深宙とあの舞台に立ちたかったな。


 楽しかった、ライブ。


 砕けた右手をジッと見つめる。


(......)


 多分、これから先こいつらのパシリ的な位置でいじめられ続けて、パシリ的な感じの学生生活が終わり、逃げるように別の町に行って、これがきっかけで深宙とは疎遠になるんだろうな。


 その前に喧嘩で停学処分っていうのもあるな。そのままフェードアウトの未来もあり得る。てか退学もあるか?


 ていうか、学校の人気者殴って......ただじゃ済まないか。取り巻きとかにがヤバそうだ。


 ......なんにせよこの先ろくなことは無いだろう。くだらない人生の開幕だ。それ以下かもしれないけど。


 でも、ただひとつ......深宙を救えたのだけは、僕の人生で唯一の功績だと言えるのかもな。


(......幸せでいてくれ、深宙......)


 地べたへ抑えつけられる僕。ああ、アスファルト温かいな。目の前を歩く蟻が一生懸命に蝶の死骸を運んでいる。



 ――目の端でアッキーが脚を振りかぶっているのに気がついた。



(......これ、もしかしたら殺されるかもな......)



 ゴッ!!!と頭に走る衝撃。痛いとかは無く、感じる間もなく一瞬で意識を刈り取られる。



 遠くで誰かの声が聞こえた、気がした。







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