第84話 裏切り
――いや、そんなこと......あるか?
(......)
......冷静になれ。これまでに起こったことを鑑みればこいつが謝罪なんてありえない。
......そもそも、例え今話した事が全て本当だとしても、僕はこの人とは関わり合いたくない。ライブ前の発言......あれが本性だと僕は思っている......こいつは危険すぎる。
(でも、どうすれば)
状況が悪すぎる。
この大勢の人がいる中で土下座をしたこと。
もし僕がこいつの手を振り払えば、周囲の人の目には僕が非情で心のない人間に映るだろう。
膝をついたままのアッキーは力無くニコリと笑う。逃げ道はないぞ?本当にすまない?その笑みがどちらの意味を持つのか、僕の想像と憶測でしか答えは出せない。
でも、ひとつだけ......僕にとっての正解がある。
(深宙を守らなければ)
彼女は僕の全てだ。
ざわざわと周囲が僕と彼を指差し、声を潜めながらも噂を流し始める。
「なになに?」「どーした」「なんか許してくれって」「あれアッキーじゃん」「相手は一年?」「えらそうに」「いつまでアッキーに膝つかせてんだよ」「あのガキさっさと許してやれよ」「あいつさっきライブでボーカルしてた」「ああ、調子のってんのね」「アッキーに土下座させるとか、マジ?」「ちょっと目立ってたからって」「オイ、一年いい加減にせえよ」
場がアッキーへと傾く。
そりゃそうだ。一部の人間からは嫌われているとはいえ、アッキーは陽キャ中の陽キャで上級生の中でもとりわけ大きなグループにいるような人間。
方や僕は、目立つ事を避け平穏を願いながら、学校生活を送り始めた低学年の陰キャ。
よくある話だ。どちらが正しいとかではなく、多くの賛同者を味方につけたほうが勝つ。
それは多数決だけではなく、クラスの人気者が発言権をもつように、陰キャにそれがないように。
世界が人でできている以上、人を多く味方につけたほうが勝つ。
この場において......アッキーに勝つことは――
「......頼むよ。だめかな」
――既に不可能な状況へと構築されていた。
でも、こいつを深宙に近づける事は出来ない。
「......わかりました。......なのでもう、膝をつくのをやめてください」
そう言われたアッキーはゆっくりと立ち上がり、「ありがとう」と言った。
どういう事態なのかもわからない周囲の生徒達だが、その和解の雰囲気にどこからともなく拍手が鳴り出す。僕はそれが黒板に爪を立てた音よりも不快に思え気分が悪くなる。
(......早く消えてくれ)
「サトー。本当にありがとう......これからはちゃんと生きてくよ」
「.......」
薄っぺらい言葉というのはどうしてこうも癇に障るのか。いや、薄っぺらい言葉だからじゃない。あけすけな嘘を吐き続けるこいつが言う台詞だからこそ不快感があるのか。
とりあえず、深宙にこのことを言って僕の側には近づかないように.......
(あ、そうか......)
こいつから深宙を離すとなると、必然的に僕も.......もう深宙とは。
ズキン、と何かが痛む。
けれどもう仕方がない。アッキーは絶対に信用は出来ないし、絶対に深宙の付近に置きたくない。予想ではあるけど、結局はアッキーの狙いは深宙。
僕と深宙をアッキーがバンドなりなんなりに引き込み、最終的に深宙を奪おうと画策するんだろう。
そんなことはさせない。
深宙には未来がある。ギタリストとして、世界にはばたける力がある。もしかしたら容姿が美しいからモデルやアイドルだって道もあるかもしれない。
(そんな深宙の側に)
この男がいて良いことは何一つ無い。
『春くんだから』
嬉しかった言葉が今この時ばかりは心をえぐる。
「アッキー先輩、話はわかりました。......今日は僕、用事があるので帰りますね」
「ああ、引き止めて悪かったな。......これ、俺の連絡先だ」
「......はい」
ぽんぽんと僕の肩を軽く叩き、僕の元を立ち去る。すぐに彼の元へ生徒達が寄っていき「どーした」「大丈夫か?」と声をかけていて「いや、俺がわりーから。はは」と返している。
ゆっくりと沈もうとする陽に宵の影が伸びる。彼の背から伸びたそれが僕を飲み込み心に闇が広がる。
彼には引き寄せる力があるんだ。人を引き寄せる魅力が。
あの中にどれだけ本当に仲のいい人間がいるのかはわからない。けれど数は武器、武器は力......深宙を守るにはそれが必要だ。
これから先大きな影響力を持つであろう深宙。彼女を守るには、もっと力がいる。
『上手いよ、歌』
――彼女の声が僕を引き上げる。
それしかない。他に何も無い僕には......可能性のあるモノはそれだけしか。
ライブでの客の声はホンモノだった。
宇宙にある星が微かに煌めく。
深宙の側に居られなくても、深宙を守ることはできるかもしれない。
僕は――
歌に命をかける。
◇◆◇◆◇◆◇
「みーそーらちゃん!」
振り向けばそこにはアッキー先輩がいた。校門前、春くんを待っていると不意に声をかけられ私は動揺する。
「ああ、深宙ってこの子かあ」「一年で一番可愛いって言われてるやつか」「いやこれ校内イチ可愛くね?」「いや校内どころかそこらの芸能人よか可愛いだろ」
「......な、なんですか」
五人の男子と共に現れたアッキー。彼以外はウチの制服を着ておらず中には高校生くらいの人もいた。
「打ち上げするんだけど行こうよ、深宙ちゃん」
「......え、いや、私は」
「あー、サトーもすぐに来るみたいだからさ。先に行って場所とっとこうぜ?ごめんな、予約とかして無くてさあ」
ぷっ、ぎゃはは!と笑う取り巻き。その時――
「!?、ちょ......ッ」
アッキーがぐいっと私の手首を引きあるき出した。
「時間ねえからさ〜。行くぞ〜」
アッキーの力が強く抵抗も出来ないまま引きずられるように歩かされる。その先に用意されていたのは
一台の車。
取り巻きの一人が鼻歌を歌いながらポケットから鍵を取り出す。おそらくはあの車のモノだ。
「車で移動するけど、いいよな?」
本能が訴えている。
乗っては駄目だと。
けれど、後ろからも取り巻きの男が私を押し車へと乗らせようとしてくる。
女の私に抗う力は無い。叫ぼうとするが人目も無く、アッキーが察知し素早く口元を塞いできた。片足を車内へとむりやりあげられ、私は――
突然、私を押し込む手が止まる。
「......ああ、ちょっと間に合わなかったかぁ」
そうぼやくアッキーの視線を追うとそこには
「なに、してんだよ......」
殺気。
(......なんて、冷たい目......)
今までに見たことのない、怒りの表情を浮かべた春くんがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます