第83話 思惑


 突発的に始まった僕の初めてのライブは、アンコールを二曲追加し大きな歓声と共に終わりを見た。終了後もざわめく会場と、僕の高鳴る胸は、それが夢では無いことを痛烈に自覚させる。


 ただ、ここに足りない人が居る。その人がいなければ、僕の価値は無いし、僕の意味はない。だから――


(このライブは、ノーカウントだ)


 経験値だけいただいてその言い草は無いだろうと、僕も思うしライブメンバーの面々には失礼極まりないだろう。けれど、受け入れられない。


 彼女のギターが無ければ、僕は完成しない。彼女に僕が必要なくなったとしても、僕はどうしようもなく彼女が必要で、生きる上での希望だ。


「へい!サトー!」


 文化祭終わり。屋台の片付けをしていた僕の元に射的先輩がやってきた。頭にはニャン兵のお面を被り、チョコバナナを片手にこちらへ手を振っている。


「先輩......自分の店の片付けは良いんですか?」


「いーのいーの。その代わりに日中出ずっぱりで店番してたんだからな。つーか、おまえさ、ライブ終わってすぐ居なくなるなよ......捜すの大変だったぞ」


「すみません。店番があったので......何かありましたか?」


「ああ、そっか。いやさ、このあとに打ち上げやるんだけど、おまえもどーよって話。俺らのピンチに駆けつけてくれたヒーローだからなぁ。ぜひとも来てほしいんだが......」


「......すみません。ちょっと用事があるんで」


「あらあ、まじか。残念。でもまあ、何かあったらまた呼ぶからよ。この礼はそんときにな」


「礼......?」


「助けてくれた礼だよ。今回はホントに助かった。実はおまえに浅葱が声をかけるまえまで、代打を搜しまくってたんだが誰も見つからなくてよ......まあ、浅葱はお前しかいないって推してたんだが。誰でも良いわけじゃないとか言って。まあ、結果をみりゃそうだったなって」


 誰でも良いわけじゃない。浅葱先輩は僕だから声をかけてくれた......。深宙も浅葱先輩も、僕だから選んでくれた。


 胸の奥が締め付けられるこの感覚。誰かの期待に応えたいと思わされる。


 射的先輩は僕に問う。


「お前、バンド組んでたりするのか?」


「いえ。組んでないです」


「そうか。ならウチのボーカルになってくれないか?きっと凄いバンドになる。皆もお前のことを気に入ってるしな」


 照明が照らすあの光景。壇上に上がったときの夢中に居るかのような浮つく足元。刺すような視線にあてられ震える指先と崩れ落ちそうになる緊張感。


 それが覆る瞬間。僕の歌声に観客の声が交わり完成する世界。


 僕はそれに魅入られていた。あれほどの感動はゲームや本、映画にも無い。あるのはあの場所にだけだ。


 射的先輩の手を取ればそれはいとも容易く手に入るだろう。けれど、僕にはそれ以上に大切な物がある。彼女が僕の深い宙なのだから泳ぐ場所はそこではない。


 だから、捨てる。彼女に求められるその日まで。


「ありがたいんですが、お断りします。すみません」


「おっ、そうか......了解」


 意外とあっさり引いてくれた。助かる反面ちょっと拍子抜けする。


「まあ、お前は恩人だ。何かあったら言ってくれ。これ、俺の連絡先な」


 手渡された紙の切れ端にはPwitterと携帯の番号が書かれていた。


「......ありがとうございます」


「ああ。そんじゃ、またな」


 ――後に知った事だが、射的先輩は瀬黄せき 来歌らいかと言い、WouTubeで叩いてみた動画やオリジナルオカロ曲を投稿している人だった。




「......あ、サトー。いた」


 後片付けに目処が付き、残りは明日以降にぼちぼちとという流れになり、解散した直後。目の前に現れたのはアッキーだった。


 僕の心拍数があがり、彼を直視できず思わず目をそらす。


「......そー警戒すんなよ。この通りだ」


 思わぬことが起きた。見ればアッキーが土下座をしていた。まだ人の多いこの場で、なんの躊躇いもなくその額を地面に擦りつけていた。


「あん時は悪かった。痛かっただろ?存分に仕返してくれていい......蹴るなり殴るなり気の済むようにしてくれ」


 あまりにも突然の謝罪。その光景と異様さに僕の頭は真っ白になる。かろうじて口から溢れるようにでた質問はシンプルなものだった。


「どういうつもりですか」


 理解不能とはこのことだろう。昼間のライブ前には僕を奴隷と呼び、高圧的な態度をとってきたアッキーが多くの人が見ている前で謝罪の土下座をしてきた。


 全く理解が出来ない。


「......サトー。俺はさ、わかったんだよ」


「わかった?」


「俺が如何に小さく醜い人間なのかって」


「......」


「俺の父親はさ、浮気ばかりしてろくに働きもせず母さんに辛い思いばかりさせて......あげく暴力を振るって別れたような奴なんだ」


 彼は土下座から身を起こしこちらを見る。その眼差は真剣で、まっすぐに僕の瞳を射抜いてくる。


「母さんがいなくなってからは俺がその代わりになったよ......酔った父親をなだめ、暴力を振るわれる」


 片親......アッキーも辛い家庭で心が疲弊していた。そういう事か。


「そのストレスでお前にもあたっちまったんだ。......人として許されることさじゃない。本当に悪かった。今はただただ、謝らせてくれ......すまない」


 ぽろぽろと涙をこぼすアッキーに周囲の人間も同情する。中には同じく涙ぐみ話を聞く人もいた。確かに、一人で父親の重圧に堪えていたのは......それにより、精神を病んでも仕方のない事だろう。


「......」


 あれほど高圧的だった彼の裏には悲しみがあった。この人も弱い人間に変わりはないのかもしれない。


「......ライブでさ、お前の歌を聴いたんだよ。それでわかった。お前はホンモノだって。俺はどうしようもなく......偽物だ。存在価値の無い、ただの醜い男だよ」


 存在価値の無い。


 この人は僕と同じなのかもしれない。


 自分の存在に価値が欲しくて、足掻いてきた。そんな僕と......同じなのかも。



「サトー......俺のしたことは、許されない。けれど、もしも......万一にも、許されるその日が来たら、俺と友達になってくれないか......いや、友達でなくてもいい。償いをさせて欲しいんだ、おまえの側で......頼む」



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