第82話 片鱗
――会場の盛り上がりが最高潮になり、客席で観ていた俺、アッキーは焦っていた。
「こいつ......なんなんだよ。さっきとはまるで別人じゃねえか......!」
――何故なら突如現れた男がとてつもない歌唱力で会場を魅力し始めたからだ。当初、歌い始めた奴はまるでカラオケでも歌うかのような発声で、楽器隊の音に声が掻き消されていた。
(......それが、唐突に......変わった)
......二曲目を目立たせるために、あえて一曲目を捨てたのか?いや、この感じ、違う......こいつは、もしかしてこのライブの中で進化してるのか......?
「つーか......俺より上手くねえか、こいつ」
一曲目は明らかに素人のそれだった。なのに二曲目はしっかりと腹式呼吸をコントロールして......発声も恐ろしく綺麗。......ボイトレのトレーナー......いや、まだ荒削りだが、それでもプロのボーカリストの域だぞ、これ。
(......そうか)
俺は俺の実力を自覚している。これまで多くの歌が上手い奴、下手な奴を見てきた。そしてそのどれもが俺の手の届く範囲で、いくら上手くてもすぐに追いつけるイメージをもっていた。
だからこそ、バカ高い金を払いボイトレを受け続けてきたんだ。......まあ、親の金だが。
(そうだ、ハッキリわかる......)
――歌声のキレがどんどん増していく。それに応じて会場のボルテージが上がり、俺は周囲との熱量の差で固まる。
(......コイツには、勝てない)
天賦の才、か。一曲目の音に飲まれ笑えるほどちぐはぐな歌から一変、二曲目の鋭利なナイフで突き刺されるようなキレのある歌唱。
センス、と......想い、か。
歌は込められた想いによって色を変える。
(こいつには勝てない。他のテクニックで追い抜こうが、おそらくは無駄だ。すぐまた追いつかれ、追い越される......そんな不毛で意味のない事に時間を使いたくはねえ)
俺が歌を選んだのは一番になれるからだ。すくなくともコイツが現れるまではこの学校で俺よりも上手いやつはいなかった。
一番ってのは二番とは違う。
二番じゃ一番に舐められるし見下される。だから、一番であることが必要なんだ。しかし、その一番を奪われた......誰がどう聴いたってアイツのが上手え。
沸き起こる奪われた王座に嫉妬が胸を焦がす。しかし、その時ふと思う。
(......いや、今回はそれでも良いかもしれない)
あいつに才能があり次元の違う実力であれば、それはそれで良いんじゃないか。単純にそれを利用すればいいだけなのでは?
人の良さそうな奴だ。情に訴えれば簡単に取り入る事はできる......これまでにもそうして利用し適当に罪を擦り付け、切り捨ててきた。
今回も同じさ......違うのはサトーの利用価値が高い事、ただそれだけだ。
(まずはサトーとダチになり......信用させてから深宙を寝取る。深宙の弱味を握り、しゃぶり尽くした後、その盗撮写真や動画をやつに送りつけサトーのメンタルを破壊して終わりだ)
......このプランで行くか。
◇◆◇◆◇◆
――凄い。
客席、一人ひとりの表情がわかる。
この空間を僕が......いや、このバンドの皆の音楽で支配している。ギターの音色、ベース、ドラム......皆で作る世界がこの場に生まれている。
これが、ライブなんだ。生で感じる熱気と音の振動、観客の声......この熱さは、画面越しじゃ分からない。
視界の端にとらえる深宙ちゃんの顔。
(......これは、夢)
いつか彼女と、僕らでバンドを創る。カバー曲、オリジナルでもなんでもいい。できるだけ多くの人に聴いてもらい、深宙ちゃんのギターを広めたい。
夢で、霧のような触れようと手を伸ばせば掻き消されてしまう願い......だけど、僕は誓うよ。
そんな未来がこようが、夢で終わろうが......僕は死にものぐるいで歌を練習して、その日のために足掻き続けよう。
喉が潰れ一言も声が発せなくても。
それでも、誓う。
できる限りの力で、僕の全てを......命をつぎこんで、歌う。
『深宙の為に、歌う』
――またひとつ、ギアが上がる。
裏腹に焦るのは、観客席にいた深宙だった。春の覚醒した歌声は以前のモノとはまるで別次元。ラスト一曲の最中、更にレベルをあげ、その域はプロの中堅クラスにもなっていた。
(......春くんに......あたしは追いつけるのかな)
この時、深宙もまた覚悟を決めた。
あの人の歌声を活かすには、生半可なバンドメンバーじゃ駄目だ。それこそプロクラスの楽器隊を集めなければ、この先まだ上手くなるであろう彼の歌には寄り添うこともできはしない......と。
(誓うよ、春くん)
胸の前で祈るように、想いを握りしめる。
(あたしが、春くんの歌声を活かす......そんなバンドを必ず創る......何年経っても、必ず)
――言葉にせずとも互いに同じ夢を見、そして走り出した瞬間だった。
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