第81話 芽吹く


 舞台袖へ行くと生徒会長、浅葱先輩の妹がいた。サイドテールの茶髪の女の子。ペコリとお辞儀する彼女はマスクをしていて、申し訳無さそうに人差し指を口元でバッテンにしている。


(喋れませんって意味かな......)


「あの、よろしくお願いします」


 僕がそういうと彼女はコクコクと頷く。そして彼女のバンドメンバーが続々と集まりだした。


「おっすー!お?彼だれ?」「ん、あ、この子あれじゃね?」「あーあ、浅葱が言ってた歌上手い人!」


 三人の女子が「よろしくー!」と口々に言う。僕はどう反応していいかもわからず、「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「やー、ホントに駄目かと思ってたからさ。君が来てくれて助かったよ〜」「ねーっ」



 ......なんだろう、この感じ。



「あ、あの......僕、ライブ初めてなんです。だから、失敗するかもしれなくて」


「あー、大丈夫大丈夫!」「んなの気にしないで思いっきり歌ってよ」「つーか、初ライブで上手くいくほうがあり得ないしね。てか、こいつが風邪ひいたのが悪いんだし」


 チョップをくらう浅葱妹。攻撃された頭を擦りながら「うーっ」と唸っている。この子もウチの妹に似てるな。どことなく。......そういやこの子先輩?同級生?どっちなんだろう。


「おいーす。みんなそろっとりまっかあ?......ん?」


「あ」


 僕と目が合い二人の動きが止まる。それもそのはず、彼は射的屋で僕にニャン兵ぬいぐるみを渡した彼だったからだ。


「おお、おーお!?おまえ、あれだよな!うわあ、こんなところで何してるのよ」


「あ、ども。何してるって、えーと......」


「その子が例の助っ人だよ。ほら、浅葱ちゃんが言ってた」


「あー!!えええ!?まじで!?これもう運命じゃん!おまえウチのバンド入っちゃえよ、これ!マージかぁ!」


「あは、はは......」


 すげーテンション高えな。


「いやいや、浅葱のハートも撃ち抜いちまったんかあ〜!スナイパーだけに?って、痛ッ!!」


 浅葱妹にケツを蹴られる射的屋の先輩。


 なんか、あれだな......この光景は。みんながみんな、互いのことを信頼しているのがわかる。良いバンドだ。


(......まあ、僕には縁のない話だけど)


 わかってる。本当はわかってたんだ。僕なんかがバンドに入れるわけないって事。根暗で臆病。そうだ、所詮そういう男だ......でも、そんな僕は僕なりの意地がある。


 ――思い出せ。そうだ、僕の......目的を。


 深宙ちゃんの役に立つ。いつか、彼女が自らのバンドを持ち僕を必要としなくなるその日まで。


『春くんだから』


 彼女の言葉が胸をチクリと刺す。けれど僕は頭をふりそれを掻き消した。


(今はただただ、このバンドの為に......僕を必要としてくれた彼らの為に。もう二度とないであろう、この舞台で......全力で戦う)


「よーし、そんじゃあ行くぜえ......」


 射的屋の先輩が円陣を組むぞと、僕に手招きする。


 今だけは、僕もこのバンドメンバー。必ず成果を上げる。


 円陣を組んだ後、すぐに僕らの出番が来た。壇上へと移動する途中に僕の心臓が大きく、ドクンと鳴った。


(......視線が、集中してる)


 舞台下、観客席からでは決してわからない。この視線の圧力。注目され集まる視線で一気に緊張感が高まる。嫌な汗が急に流れ、頭がくらくらしてきた。


 他のメンバーはやはり場慣れしているようで、普通に準備をはじめだす。


 対して僕は、気持ちと体がちぐはぐでマイクスタンドの前に立つのもやっとだ。未だかつて聞いたことのない大きな鼓動。がやがやと観客席から聞こえてくる声は、何故か僕を否定する言葉に聞こえた。


(......場違い、過ぎる)


 なぜライブ未経験の僕がこんなところにいるのか。それを改めて問われた気がした。


 ――♫


「――!!」


 ギターの音が鳴り出す。続いてドラム、ベース。ついに走り出した演奏に、僕の心は置いていかれる。


(あ、えっと......一曲目は、歌詞は)


『――♪♬』


 辛うじて出せた歌声。しかし、やはりというべきか......。


「なんだあれ」「きこえねー」「声小さすぎだろ」


 僕の声が音に飲まれ、演奏に掻き消されていた。マイクを使ってもなお聞き取りづらい歌声。


(......まあ、そうだろうさ)


 僕はバンドボーカルじゃないんだから。歌い方なんて自己流だしそりゃアッキーのように通る声なんて出せない。ちらりと見えた観客席のアッキー。爆笑し、腹を抱え大笑いしていた。


 膝から崩れ落ちそうになる。逃げ出したい......なんか、もうすべてが疲れたな。覚悟をするだの一生側に居たいだの。


 バカバカしい、と今は思う。なぜこんなにつらい思いをしなければならないのか。家でWouTube観ながらゲームしてたほうが百倍楽しい。......そうだ、もう帰ろう。これが終わったら、そのまま逃げよう。


 ――視線を感じた。


 そちらに目を向けると、彼女がいた。


 その眼差しはまっすぐに僕へと向けられ、表情には哀れみも悲しみも不安もないように見えた。つまり――


 信じて、くれてるんだ。


(......深宙ちゃん。......こんな僕のことを、彼女は......)


 逃げようとしていた。諦めようとしていた。そんな僕を彼女は信じ続けてくれている。



 ――彼女の期待に、応えたい。



 胸の奥に熱が入った。


(どうすれば、いい)


 このままじゃ駄目なのは明白だ。なら、色々試して足掻かなければ......この経験を無意味にするな。繋げるんだ、次に。


(アッキーを思い出せ)


 ――ゆっくりと沈み消える客席の野次の音。


 集中力が高まり、周囲からも音が消える。


 歌は止まらない。歌いながら、考える。


(歌い方、確か......腹から、口ではなく)




 ......。




 ......。





『春くんは下手じゃないよ.......上手いよ、歌』




 ......。




 僕は、誰の為に歌ってるんだ


 深宙の為、だろ


 何よりも彼女が大切だから


 ここに居る


 なのに、なぜ彼女の言葉を信じないんだ


『ライブでは歌ったことがない』『技術が無い』『独学だから、ダメ』


(......うるさいな、ごちゃごちゃと)




 ただ、深宙の為に......歌う。




 歌えよ、僕......!



 ――彼女の事だけを想い、放ったその歌声は、明らかにそれまでとは違うモノだった。



『――♫♬』



「!」「!?」「......!!」「おっ!?」



 会場の雰囲気が変わり始めた。ぐるぐると頭の中で回る雑念と、プレッシャー。そのすべてを打ち消し、ただ深宙の為だけを想い歌う声。


 どうすれば声が通るのか、どうすれば観客に言葉が伝わるのか。春の才能。一度観たアッキーのパフォーマンスから歌の基礎となる部分を無意識下で再現していた。


(声が、会場中に響き渡っているのがわかる......高い音も苦しくない、自然に出ている......!)



 ――飛び方を知らない鳥が羽ばたくように、春はボーカリストとして覚醒した。









「秋乃さん。彼、すごいですね」


「はい。すごいんです。春くんは」




 優しくて、強くて、カッコいい。



「あたしの最高傑作」





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