第80話 知ってるその


 にこりと笑う生徒会長。けれどその笑顔にどこか不安のような陰がある。それはおそらく今から話される事情にあるのだろう。


「......実は、そのバンドは僕の妹がボーカルギターを努めるバンドなんです。けれど数日前に風邪を拗らせてしまいましてね。ギターは弾けるんですけど歌の方が難しそうなんです」


 生徒会長は頭をかきながら「今日までには治っているだろうと思っていたんですが、甘かったですね」と困った顔をする。


「でも、なんで春くんなんですか......?」


 深宙ちゃんが僕の気持ちを代弁するように聞いた。


「それは簡単。春くんなら任せられると彼女が言ったからです。ちなみに僕も同じ考えです」


 余計に意味がわからない。


「なんですかその謎の信頼は......」


 またもや深宙ちゃんがかわりに疑問を口にする。


「うーん......これは、ちょっと生徒会長としてあれなんですが。ていうか、それでなくとも色々もまずいんですが.......僕の家ってカラオケを扱ってたりするんですけど」


 それは以前、深宙ちゃんに聞いたことがある。


「そこで春くんの歌を聴いたことがあるんですよ」


「え」


「僕と妹は時々バイトとしてスタッフに入るんですが......君が一人で、おそらく練習に来ていた時ですね。バイトしていた妹がその歌声を聴いて感動してまして。それで後日また君が来たときに妹に君の歌が上手いことを教えてもらい僕もご拝聴させていただきました。ゴメンナサイ」


「な、なるほど」


「......まじか」


 知らず知らずの内に聴かれていたのか。


「春くんは女性の曲でも歌えるでしょう。お願いできませんか」


 ジッと見つめる生徒会長。その眼差にこの話が嘘でも冗談でも無いことがわかる。そして、真剣に相談してくれた彼には僕もきちんと応えなければと思う。


「......すみません。出来ません」


 僕はふかく頭を下げる。


「なぜですか」


「.......それは、僕はまだライブなんてしたことも無いから。あんな舞台上に登るだけでも緊張してなにも言えなくなっちゃいます......それに、そもそも僕は歌が上手くない」


「......」


「深宙ちゃんも浅葱先輩も褒めてくれるけれど、きっと他の人が聴けば......下手くそで、滑稽で笑われる」


 そうだ。どうせ独学の歌声なんて、アッキーのようなしっかりとした練習をしてきた人からすれば、みっともないように聴こえるだろう。いや、違う......他の人にだって。


 そうなれば......あの壇上でそんなものを晒し恥をかけばクラスでの居場所が無くなる。まだ、今じゃない。これからもっと時間をかけて、ゆっくりと成長して、実力をつけてから.......そうだ、まだ今じゃないんだ。


「春くん」


 深宙ちゃんが呼ぶ。


「下手じゃない。春くんは下手じゃないよ.......上手いよ、歌」


 かつてないほどの彼女の真剣な眼差し。僕は息を呑みなにも言えなくなる。


 そして生徒会長が僕の肩に手を乗せた。


「......春くん。勿論、僕はこの件断られる前提でお願いしたので、僕は無理だったと、ただ一言妹につたえればオーケーです。けれど、本当にいいんですか」


 ......良いもなにも、ない。


 まだ、時間はかかるだろうけど、これから努力して......。


「この先、いつあそこで戦うんですか。バンドもまだ組んだこともない......あても無い君が、あの舞台を経験する方法。僕には今の君には必要な経験だと思いますが?」


 確かに、無い。


 でも、きっと......いや、違う。違うかもしれない。バンドを組む?もし仮にそうなったとして、他に歌の上手いやつがこないなんて保証はない。


 けれど深宙ちゃんは僕がいいと言うだろう。


 僕の力の無さを彼女に背負わすのか?


 いずれ?いつか?この先.......って、どの先だ?


 馬鹿か僕は。そんな先は無い。小学生から中学生になった今。あっという間に過ぎ去ったこの時間の中で、培った技術......この先、いつかなんて無いだろ。


 そうだ、今なんだ。


 今、精算する。この覚悟の無さと、ここまでやってきた事をあの舞台で出して、これからの覚悟に変えるんだ。戒めだ。これは覚悟もなくただただ深宙ちゃんの優しさに甘えていた......僕への。


「......何を、やるんですか。曲は」


 聞いた声は震え、かすれていた。怖いものは怖い。


「【祝福】、【怪物】、オカロの【ラストフレバー】の三曲です......いけますか?」


 いけます。やらせてください、と言いたい。けれどいざとなるとやはり言葉が出ない。


「いける。いけるよ、春くん」


 ぎゅっと彼女は僕の手を握る。


「だって『春くんは、私の最高傑作』なんだから!」


 とん、と背を押された気がした。その言葉を聞いた瞬間――


「いけます。失敗するかもですけど......やらせてください.......!」


 ――不思議とすんなり返事をすることができた。


 先輩は笑う。


「失敗なんて気にしなくていい。先に風邪をひくという失敗をしたのは妹なんですから。君のせいにはならない......さて、舞台袖に移動しましょうか。妹らが待機しています」


 まだ未熟で下手。


 だけど、あがく。これからの......彼女といる未来、先の


 ために。


(クラスで居場所が無くなる?知ったことか。僕は......そうだ。深宙ちゃんが一番大切なんだ。なら、戦うしかない......)




 僕は一歩を踏み出した。遠くて近い、大きく小さな一歩を。




(......できるかぎり、終わりがくるその日まで、深宙ちゃんの隣で歌うために......)





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る