第79話 ただそれだけの
――ライブ、開演。
ギター、ベース、ドラム。様々な楽器が奏でる演奏。その全てが僕を刺激し掻き乱す。あまりに違う本物の『音』とライブだからこその臨場感と一体感。
アッキーが歌い出すと観客の歓声がより一層大きな波となり僕らを飲み込んだ。
(......すごい)
楽器隊の演奏の迫力は勿論、何よりも僕を惹きつけたのはアッキーの歌声だった。マイクを使っていても埋もれそうな楽器の音の中で、彼の歌は掻き消されない。
それどころか目立ってさえいた。
「アッキー先輩カッコいい〜!」「きゃー!」「めっちゃ声たかーい!!」
観客席の声が高まり場のすべてが大きなうねりとなる。まるで大波の中でダンスしているかのような、不思議な気分だった。
けれど、アッキー達の力が凄いとわかった今、僕には取り柄だった歌声すら奪われた現実だけが残った。突き付けられるリアル。天と地。陽と陰。上と下。
王と奴隷......。
覆せない、圧倒的な力量の差。僕は所詮独学で、彼はプロのトレーナーの元で力をつけた。そんな二人の力が同じなわけない。相応の技量がついた結果なだけだ。
自分の愚かさを呪う。上手いと言われて調子に乗った奴の末路だ......本当なら深宙ちゃんの隣には奴のようなレベルの高いボーカルがいるべきなんだ。
(深宙が幸せな......レベルの高いところに飛べるなら、僕は奴隷でもいいかもしれない)
深宙ちゃんの為なら。僕は......なんだってできる。
「春くん?」「......なに?」
深宙ちゃんの顔が暗い。
「どうしたの?体調悪い?」
「......いや、大丈夫。なんでもない」
アッキーとの事を話したところで意味はない。むしろ深宙ちゃんに気を遣われ、心労の種を作ることになれば、むしろこの話はしないほうがいいだろう。
(......アッキー先輩も、僕がお金をつくれば深宙ちゃんに酷いことはしないはずだ......)
「ねえ」
「ん......なに、ふがっ!?」
深宙ちゃんに唐突に鼻を摘まれた。何事かと驚く僕。
「あのさあ、なんでそんなに秘密にするわけ?」
「ひ、秘密?」
「こないだといい、そんな苦しそうな顔してるんだからなんでもないわけないじゃん。ばかなの?」
「ばか!?い、いや、けど......」
深宙ちゃんの顔をみるとめちゃくちゃ怒ってるのがわかった。涙を浮かべ、過去最高の怒りだとすぐさま理解し僕は焦る。
「ご、ごめん、なさい」
「はあ、べつにいいけどさぁ」
僕の鼻から指をはなし、ぶすっとした表情。彼女は僕から目をそらす。
「で、なんで秘密なの?あたし、そんなに信用ないの?」
「......違う。違うよ......僕は深宙ちゃんの事、誰よりも信用してる」
「じゃあ話せるじゃん」
「......いや、それは。心配かけたくない、から」
「ばーか!ばーかばーか!!もう心配してるんだってーの!!心配させたくなくて心配させてるとかマジで草なんだが!?」
草?
「それってホントにあたしの為なの?話さないことが?あたしが関係してるのに......知らせないことが良いと思ってるってこと?」
「い、いえ......なんと言いますか、その」
圧がすごい!今までにないくらいにグイグイと責めてくる!!
「わかった......話すから、落ち着いて」
「......うん」
僕はあの日からこれまでの事を話した。深宙ちゃんにとって必要な存在なのか、アッキーの方が適任なんじゃないのか。なら、奴隷として動くのも悪くはないのかもしれない、と。
深宙ちゃんのギターを輝かせる為には必要な犠牲、それが僕で。力がなければ上がってはいけないのが音楽の世界だと思っている事を伝えた。
すると彼女は、深宙ちゃんは――
「......言ったのに」
僕を涙目で睨みつけた。
「守るって、言ったのに......嘘つきじゃん」
「......守るよ。側で、ずっと......けど、歌はアッキー先輩のほうが」
「あほー!!!」「がはっ!?」
ドスッ!とみぞおちに一発深宙ちゃんの拳が飛んできた。
「春くんじゃないと意味ないんじゃあ!!なんでわからないの!?歌ってくれるのが春くんだからあたし気持ち込めてギター弾けるんじゃん!!」
「!」
ド真ん中を射抜かれた気がした。そうか......
「......僕だから」
「そんなこともわかってなかったの!?マジで信じられないんだが!!」
「ご、ごめん」
「ホントにだよ!!この気持ちあたしだけだったん!?つられたの!?あたし釣られた!?釣られたベアーってやつ!?」
ベアー?ちょいちょい何言ってるのかわからん......!
「それに春くんが奴隷とか意味わかんないし。春くんは『私の最高傑作』なんじゃん......今更奴隷とかさせないし。ずっとあたしのだし」
グスグスと泣き始めてしまう。けれど僕は理解した。今更だけど、確信した。僕じゃなきゃダメなんだ......誰もいないから、消去法や仕方なくじゃない。僕だから。
というか、馬鹿だな僕は。ついこの間だって同じような事で悩んでいたはずなのに。......きっとこれから先もずっと同じような事で悩むんだろう。
蒸し返して古傷を掻き、ぐちゃぐちゃにする。
でも、今この時のこの気持ちはホンモノだ。
誓おう。深宙ちゃんに。
「うん。......僕は君の最高傑作だ」
いずれ彼女が自ら羽ばたくその時まで。僕が。
「ライブ、盛り上がってますねえ......こんにちは」
ふと見れば生徒会長、浅葱先輩が横にいた。今の話きかれたか?まあ、べつにいいけど。......いや、ちょっと恥ずいな。
「こんにちは」「......」
深宙ちゃんは泣いてた直後で挨拶できないっぽい。けれど生徒会長は何かを察したように事情を聞いたりはしなかった。
「春くん。唐突なのですが......折り入って相談があります。いや、どちらかというとお願いですかね」
「お願い?......なんですか」
「次の次、三組目のライブにボーカルとして出てほしい」
「「は?」」
僕と深宙ちゃんの声が重なる。
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