第77話 接触


「えっと......こっちだよ」


 僕は黒服の少女を保健室まで連れて行くことになった。彼女は体調が悪くあまり喋れないようで、基本無言。


「......」


 ふらふらとした足取り。そして歩幅の違いと人混みのせいで少しでも気を抜けば彼女とはぐれてしまいそうになる。


(......うーん)


「あの、さ」


「......は、はい」


「人多くてはぐれたら困るからさ、僕のここつまんでてくれない?」


 ここ、と言いながら服の袖を自分でつまんで見せる。


「......わ、わ、わかりました......」


 おどおどする彼女。もしかして人が苦手なのか?ってんなわけないか......こんな人の多いとわかっているはずの文化祭にきてるんだし。


「えっと、何かあったら摘んでいる袖を引っ張って呼んでね。歩くスピードが早いとか」


 こくこく、と首を縦にふる銀髪少女。そしてあるき始めた僕と彼女は無事何事も無く保健室前までたどり着いた。扉をノックしようとする僕。その時、袖が僅かに引かれ僕は振り向く。


(......!)


 校庭から差し込む陽の光が彼女の髪にあたりキラキラと光り輝いていた。瞳の燃えるような赤色のインパクトが強く、僕はメデューサに睨まれた蛙のように石化する。


 綺麗だ......本当に。


 僕と目が合うと、彼女の視線がひょいひょいと動き出す。


「......あ、ぅ......その、えっと......」


「?」


「......あ、あり、がとぅ......」


 昔の、人見知りだった妹みたいだな。と思った。思わず「ふふっ」と笑いが漏れる。


「?」


 困惑する彼女。僕はつい頭を撫でてしまう。


「......へ、えっ......あ」


「どういたしまして」


 その時ふと疑問に思う。


「そういえば、今日は誰のライブを観に来たの?」


 あー、えー、ともごもごする少女。かすれるような小さな声で答えた。


「......その、えっと......みれないです」


「観られない?」


 きゅっ、と僕の裾を握る彼女の手の力が強くなった。怖がらせてるか?またつい頭を撫でてしまう。すると彼女は「ふぁっ」と気持ちよさそうに目を細めた。


「......でるかも、知れないって言われてて......でもでなくなったって......」


「ああ、なるほど。ん?それじゃあなんで」


「......あ、会いたくて」


「なるほど」


 人通りの少ない保健室の前。彼女の体調は良くなったとはいえないけど、普通に会話ができるまでには回復している。だから、多分、この子は人混みが苦手なんだ。


 なのに会いにくるほどの人。......よほど大切な人なんだろう。


「呼んできてあげようか?何年の誰?」


「......えと......その......」


「?」


「......じ、実は、その......わからなく、て」


「わからない?」


「......ネットで知り合った人なんです......」


 ネット......?SNSって事か。なるほど。


「顔は知ってるの?」


「......いえ。なので、ついてからPwitterでDMを送ってました......全然返事返ってこないですが......」


「なるほど。忙しくて携帯を見ていないのか」


「あ、あの......」


「ん?」


「......もう大丈夫です。またの機会に、また会いに来ます......忙しいのにお邪魔になるので」


 まっすぐ僕の目を見つめる彼女。


「そっか。うん、わかった」


 ぽふっ、と頭に手を乗せる。ふにゅ、といった感じで目を閉じる彼女。


「また今度、君が来てくれたら案内するよ。僕が、その子の元まで」


「......ありがとう、ございます......」


 こうして僕らは別れた。保健室の先生に聞いたところ、やはり体調が悪くなったのは人混みが原因で気分が悪くなったようで、少し休めば回復するだろうとのこと。


(ほんとに良かった......)


 そして出店へ戻る途中、彼女の名前を聞いていないことを思い出した。まあ、縁があればまた会える、かな?適当過ぎるか。


 ふと横を見れば射的ゲームの店があった。景品が豪華な割に人が空いていたが、昼時だからかな?と理由に思い当たる。的の中には大きなぬいぐるみがあり、ふと思い出す。


(そういや、黒瀬くんぬいぐるみとか集めてなかったっけ?)


 お詫びになればと思い僕はそのぬいぐるみを撃ち落とした。


「い、一撃で!?」


 座っていた三年生がガタッと身を乗り出した。僕は驚きビクッとする。


「ご、ごめんなさい」


「あ、あー、いやいや。すごいね君......ウチの目玉景品であるニャン兵ビッグサイズぬいぐるみをワンショット、しかも眉間にブチ込んで落とすとか......前世スナイパーかなにかかな」


「え、さ、さあ?わかりません......」


 三年生は「ははっ」と笑いながらビニール袋にぬいぐるみを押し込む。しかし問題が発生する。


「む!?入り切らん!!ちょっと袋改良していい?」


「あ、どーぞどーぞ」


 彼は頷き袋に4箇所ほど穴を開けた。そしてそこからニャン兵の手足を出す。いや、そーはならんやろ。もっとほかにやりようあるくないか?


「これでよし」


 よくない。


「こう、な?背負う感じでもいいかもしれない」


 よくない。


「可愛いぬいぐるみ背負ってたらモテモテかもしれない」


 ない。


「ま、おめでとさん!またきてくれよな!」


 ない。


 しかし、彼に悪気はなさそうなので、これはもう仕方ない。


「ありがとうございます」


「おう!」


 僕はニャン兵を背負いその場を離れた。これ黒瀬くん喜ぶかな。......まあ正しくは黒瀬くんのお姉さんだけど。


 そんなことを考えながら歩いていると後ろから「ああーっ!ニャン兵がいねええっ!?」と女性の悲鳴が聞こえた。


(ふ、悪いな。どこかの誰か)


 そして一生懸命客をさばき疲れ果てていた黒瀬くん。しかし、ぬいぐるみを渡すと、「おまえサイコーかよ!!姉ちゃんこれ大好きなんだよ!!」とおお喜びして元気になった。すごいぞニャン兵!



 ――♫


「!」


 体育館から聴こえるギターの音。ドラムやベースの音も鳴り出し、バンド演奏が始まろうとしていた。






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