第72話 初めてのギター


 それから数日が過ぎ、深宙ちゃんとの待ち合わせの日になる。前日、なぜか目が冴えてしまって、非常にねむねむではあるが、彼女の顔を思い浮かべると眠気も吹き飛ぶ。


「いってくるー」


「はーい。車には気をつけてね。あと知らない人について行っちゃダメだからね」


「うん、わかった!」


 僕はお母さんに手を振り玄関の扉を開いた。


 いつもの公園へと走り出す。しかし、半分くらい行ったところでミニギターを忘れていた事に気が付き慌てて戻った。お母さんに「慌ててるからもー!」と小言を言われてしまったが気にしない。


 今度は走らずに、急ぎ足。慌てて転んだらギターを壊してしまうかもしれない。そうなれば深宙ちゃんの笑顔が見られなくなる......せっかく一週間も待ったのに、それは勘弁だ。


 公園へと辿り着くと、彼女の姿があった。今日は茶色のベレー帽を被り、美しく綺麗な黒髪を耳横に三つ編みにしている。


 服はおしゃれな感じのやつで、青色のドレスみたいなのだった。


「わあ、可愛いね!お姫様だ!」


「......!」


 僕に気が付き目を見開く深宙ちゃん。口を一文字にしている彼女は頬がほのかに赤く見えた。


「あ、は、春くん......こんにちは」


「こんにちは!いやあ、やっぱり深宙ちゃんはいつも可愛いなあ」


「へ?え、えっと......そ、そんなことないし」


「えー、そう?あ、可愛いんじゃなくて綺麗ってこと?」


「う、うう」


 深宙ちゃんは頬に手をあてうつむいてしまった。


「み、深宙ちゃん?お腹痛いの?トイレいく?」


「大丈夫、大丈夫だから......ふぅ」


「顔、赤いけど......もしかして風邪?」


「......君のせいでしょ、はあ」


 溜息をつく彼女はがっくりと肩を落としてみせた。なんだか気を落とさせてしまったみたいだ。だけど、そうだ。僕にはこれがある......これを見せれば、きっと深宙ちゃんも元気になる!


 しかし察しのいい彼女はすぐに僕の背負っているモノに気がついた。


「......それ、ギター?」


「あー、気づいちゃった?えへへ」


 ケースから慎重に取り出す赤いギター。本来のものよりも小さいミニギターだけど、しっかりとした造りで確かにギターしている。


「わあ、綺麗......!小さいのね、このギター」


「これはね、ミニギターっていって子供でも弾けるんだってさ!はい、どーぞ」


 僕は深宙ちゃんに真っ赤なギターを手渡す。すると彼女は僕とギターを交互に見て「弾いていいの、これ」と聞いてきた。


「うん、弾いて弾いて!あ、わすれてた......はい!」


 ピックを渡してないのに気が付き、取り出した。


「ありがとう」


「いえいえ〜!へへへ」


 深宙ちゃんは恐る恐るギターの弦をそのピックで撫でた。左手はただネックを持っているだけで、弦をおさえてはいない。しかし、優しい音が鳴る。


 初めて聴くこのギターの声だった。ああ、こんなに綺麗な音で話すのか、この子は。


「深宙ちゃんはギターの弦......おさえかたわかる?」


 そう僕が聞くと、彼女はニヤリと笑いおさえた弦のコードを鳴らした。


「おー!すごい!」


「ふっふっふ、WouTubeでみたからね!今のコードはF!」


 天才かよ!と僕は思った。だって、ミニギターのことしらなかったって事は、練習もしてないってことで、一回でコードの音がだせたってことでしょ?すごいなあ、深宙ちゃん!


「カッコいいね、深宙ちゃん!!ヒーローみたい!!」


「ふっふっふ......もっと褒めて」


「すごい!カッコいい!美少女!変態!」


「変態!?」


 二度味する深宙ちゃん。あれ?変態だめか。


「なんか、お父さんがギター上手い人の事は変態っていうんだよって。だから俺は変態なんだぜ?って言ってたから......」


「そ、そうなの......でも変態はやめてほしいかも」


「わかった!」


 そして深宙ちゃんがギターを弾き始めて数時間が経過していた。お腹が空いてることも気にならないくらい二人で熱中し、ついにはWouTubeのギター講座を観ながら、『孤独のロッカー』の曲を弾き始めた。


 見様見真似で頑張ってみる。しかし今日始めたばかりの深宙ちゃんには難易度が高く、そう上手くはいかない。なんども途中で止まり、彼女は眉間にシワを寄せ悩んでいた。


「もうちょいなのにね」


「うん......途中途中でとぎれちゃう。おさえかたが弱いのかなぁ」


 途切れてしまう音。


(......うーん、どうにかできないかなあ)


 その時、ふと思い出す。お父さんがギターでミスをしたとき、音が鳴らないのを誤魔化して鼻歌を織り交ぜていたことを。


 そうか、音をつなげるのは僕でもできるんだ。


 そして――


「〜♪」


「......あ」


 僕は、彼女の弾く曲に合わせ鼻歌をうたった。おどろく深宙ちゃん。けれど、僕のそれを理解した彼女はギターを鳴らす。


 二人で、協力してひとつの曲を最後まで歩ききった。


「すごい、春くん.....綺麗な歌声」


「え、そう?鼻歌だけど......」


「でも、ところどころ歌ってたでしょ?すごい上手だった!」


 なんだろう、ムズムズする。いや、そわそわ?褒められるのにはなれてないから、落ち着かない。


「ま、まあ、あれだよね。深宙ちゃんのギターが上手だったからさ」


「んーん。春くんが歌ってくれたからだよ。ありがとう」


「それじゃ、これ、ありがとう。楽しかった」


 ギターを返そうとする深宙ちゃん。しかし僕は受け取らない。


「え?これ、深宙ちゃんにあげるために買ったんだよ?」


「......へ?」


「返されても困るよ、僕」


「わ、わたしも困るんだけど!こんな高価なモノもらえないし!」


「えー、でも僕は深宙ちゃんが弾くのをみたいんだよね」


「で、でも、そんなこと言われても......」


「んー、じゃあこうしよーよ。僕はそのギターを深宙ちゃんにあげるから、また深宙ちゃんが僕にギターを弾いて聴かせて......だめ?」


「でも......お母さんが......」


「お母さん?」


 しばらく悩んでいた彼女だが、なにか決心したのか「うん」と頷きこたえた。


「......わかったよ。明日も遊べる?春くん」


 すべてが明るくみえた。その言葉に彼女との未来をみたから。


「うん!」


「ギター、練習する。春くんの歌が......ううん、春くんの歌をわたしが輝かせるよ」


「う、うん......」


 それから、僕らはこの公園やお互いの家に行ったり来たりしてギターを弾き歌い遊ぶ毎日を送った。





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