第71話 約束
「......ん、だめ」
ギターのネックを持つ手で、弦を押さえようとする深宙ちゃん。しかし、小学生の小さな手では押さえることはおろか上手く握れない。
「深宙ちゃんの手に、このギターはちょっと大っきいね」
「み、深宙ちゃん......?」
「え、あ。名前間違えた?ごめん」
「う、ううん。合ってるよ.......うん」
どゆこと?っていうか、どうしよう。これじゃあギター弾けないな。うーん。
「まだわたしにギターは早いみたい。でも......ありがと、この子を持ってきてくれて」
ふわりと陽の光にあてられたような......深宙ちゃんの笑顔はそんなふうにとても暖かい。
「うん」
それからギターで遊べない事にはどうしょうもないので、深宙ちゃんが持っていた携帯で二人でアニメを観た。そしていつの間にか日が落ち、周辺の家に明かりが灯り始める。
「......もう帰らなきゃ。遊んでくれてありがとう。楽しかったよ」
そういった深宙ちゃんは言葉と裏腹に、出会った時と同じような暗い表情だった。
「あの、深宙ちゃん」
「......ん?」
「また明日、遊べる?」
彼女は空を見上げ、難しそうな顔をしている。これは無理かな......と、寂しくなる僕。そして深宙ちゃんはこちらへ顔を向けた。
彼女もまた寂しそうな表情でこういう。
「ごめんね......ちょっと、無理」
心が重りをつけられたように、ずしんと沈んだ気がした。
「そ、そっか。わかった......僕も楽しかった」
座るブランコから立ち上がり、僕は立ち去ろうとする。
「それじゃ、ばいばい。深宙ちゃん」
ブランコに座る彼女に手を振り、背を向けた。
「......ま、まって!」
「?」
僕を呼び止める深宙ちゃん。振り返るとそこにはブランコから立ち上がり、拳を握りしめ、物凄いしかめっ面の彼女がいた。
(......え、怒ってる?僕、何かした?)
「ら、来週......えっと、日曜日!今日と同じ時間にここにこられる?」
落ちた気分が持ち直す。僕はその問いかけに首を振り頷いた。
「うん!」
「......そう、わかった。それじゃあ、来週に。またここで!」
――カポーン。と、真っ白な湯気にみたされた浴室。僕とお父さんは湯船に浸かる。
「......いやあ、お父さん嬉しいよ」
「ん?なにが」
ぽんぽん、と僕の頭を撫でるお父さん。
「春がギターに興味を持ってくれてさ」
お父さんはギターを勝手に持ち出したことを怒らなかった。それどころかむしろ嬉しそうだった。
「でも、お前あのギター弾けたのか?」
「んーん。ちょっとおっきくて無理だった」
「ははっ、だろーな。......けど、まあ、そうだな。あれなら、そろそろミニギターでも買ってやろうか?」
「え、ミニギター......?なにそれ」
「まあ、その名の通りの小さなギターだな。子供でも弾けるくらいの大きさだよ。ほしいか?」
これだ、と思った。子供でも弾ける、てことは深宙ちゃんにも!
「ほしい!」
「おお、即答だな!わかった、今度お父さんと楽器屋行こうか」
「うん!僕のためたお金で買えるかな?」
「ん?いや、ミニギターくらいお父さんが買ってやるよ」
僕は首をふる。
「んーん。僕が買いたい」
お父さんは何かに気づき頷く。
「ああ、そうか。そうだよな......自分の楽器なんだから自分のお金で手に入れたいよな。うん、わかった」
「......僕のお金でかえるかな」
「お年玉とかお手伝いのお金、全然つかってないんだろ?春」
「うん。使ってない......あ、まえにゲーム一つ買った」
「ああ、あれな。まあ大丈夫だとは思うけど、後で見てみるか」
「うん!」
「......ふふ、なんかご機嫌だな、春?」
「へへ、わかる〜?」
「そりゃわかるさ。なにかあったな?」
「ひみつー!」
「なんだと!お父さんに秘密にするとは!くすぐりの刑に処す!おら、はけ!なにがあったんだ!こちょこちょこちょ!」
「あはははっ!やめ、やめて!!あはは」
次の日。僕とお父さんは近くの楽器屋さんに来ていた。
「ほら、春。これがミニギターだよ」
並ぶ小さなギター。様々な色があって可愛い。
「いっぱいあるね〜!すごい」
「ここに無い色も取り寄せればあるけどな。持ってみたらどうだ?」
「持っていいの?」
「ああ。店員さんに言わないといけないけどな......どれがいい?お前は赤が好きだから、これかな?」
お父さんが指差す先には、まるで秋の夕暮れをおもわせる真っ赤なギターがあった。僕はそれをみた瞬間に思った。
(おんなじだ......)
「綺麗だ」
あの子の笑顔が頭の中に浮かぶ。悲しげな顔も、笑った顔も......みんなこのギターの色と同じ。綺麗だった。
「僕、これが良い」
「お、弾いてみるか?」
「ううん、大丈夫。これがいいよ、僕」
きょとんとするお父さん。しかしすぐに微笑み、うなずいた。
「ふむ。そうか......一目惚れってヤツかな。わかった。ちょっと店員さんに言ってくるな。待ってろ」
「うん、ありがと!」
購入した赤いミニギター。
来週が楽しみだな。へへ。
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