第70話 出会い
――彼女と初めて出会ったのは、近所の公園。当時、小学一年生だった僕は彼女に一目惚れをした。
一人ブランコを漕ぐ、小さなお姫様。綺麗な茜色のワンピースと、黄金の麦わら。映画の中から飛び出してきたかのようなその少女はぼんやりと地面を見ていた。
「あの、何してるの......?」
どきどきしながら、僕は話しかけた。突如現れたお姫様。だからここで声をかけておかなければ、もう二度と会えない......そんな気がして思わず声をかけていた。
突然話しかけられ、驚いたのか彼女の体がびくりと跳ねる。そして、まるで天使のような微笑みと共に可愛らしい声で、一言こう言った。
「気安く話しかけないで?」
ニコニコとした顔とは正反対の拒絶。僕は生まれて初めての、はっきりとした拒絶だった。僕はこう返す。
「うん!......でさあ、ブランコって楽しいよね!君もすきなの?というか君の名前は?どこの子なの?」
「えぇ......」
どんびきされた。
僕はこの頃空気を読めなかったのだ。いや、空気は読むことができるのだが、それよりも気になることがあるとそちらへ集中してしまう質だった。まあ、そんなこんなで後にクラスでハブられてしまうわけで、けれど一人遊びが大好きだった僕には特に問題なかった。けれど彼女はそうもいかない。じろりと睨みつける彼女。
「......!」
「話しかけないでって、言ってるでしょ?聞こえないのかなぁ」
苛つく彼女。けれど僕は少し不思議だった。なぜなら彼女の表情を読むにそうは思えなかったからだ。
「でも寂しそうにしてたよ」
「......え」
険しい顔が一変し、彼女は目を見開く。僕はこの時思う。この子はどんな顔をしていても美人さんなんだな、と。
「べ、べつに寂しくない。なんでそんな事いうの」
プイッとそっぽを向く彼女。僕は隣のブランコへ座る。
「えー、そうかなあ。まあどっちでも良いんだけど」
「えぇ......」
「君さ、WouTubeとかってみる?僕は好きなチャンネルがたくさんあるんだけどね、最近はアニメを見てるんだよねえ」
「......」
相変わらず不機嫌そうな彼女。しかし立ち去らないということは嫌われてもいない。そう僕は判断し、どんどん話を進めていく。
「その中でも最近のブームは、バンドアニメ!四人でバンドを組んでライブするんだ」
「......バンドアニメ......」
彼女が反応した。
「そう、バンドアニメ。みたことあるかなあ」
「......ひょっとして、【孤独のロッカー】?」
「そう!わあ、君も知ってるんだあ!」
「わ、わたしも好きだから......」
アニメ、【孤独のロッカー】は女性四人がロックバンドを結成し、絆を深め成長していく物語だ。僕は小さいながら、彼女らの弾く楽器と歌声に惹かれ、なんども繰り返しアニメを観ていた。
「すっごくカッコいいよね!君は誰が好き?僕はねえ、あのギターの子が好きなんだよねえ」
ギター担当、『藤後はてら』という女性キャラは一言で表すならギャル。一人称はあたしで髪は茶髪にウェーブがかかっている。
「わたしも、そのこ好き」
「おお、おんなじだね!ギターカッコいいよね!」
「......うん」
ほんの少し、雰囲気が和らぐ。彼女の微かに見せた笑みは僕の心を完全に奪っていた。
「いいねえ、ギター!あんなふうにカッコよく弾けたら凄いよねえー!」
「でも絶対難しいよ......みても何やってるか全然わからないもん」
「まあねえ。確かに......うーん、でもやってみないとわからなくない?とりあえず触ってみる?」
「え?」
キョトンとする彼女。
「僕のお父さんギター沢山持ってるからさ、ひとつ持ってこようか?多分、いっぱいあるから無くなっても気が付かない」
「それは、流石に気づくでしょ。絶対、怒られるよ」
「そっかあ」
「.......うん」
会話が終わる。そして僕が次に発した言葉は。
「じゃ、ここで待っててね!ギターパクってくる!」
「うん。......は!?」
ブランコから勢いよく飛び降り、そのまま走り出す。この時は......いや、今もか。ただただ、彼女の事が気になって、どうすれば仲良くできるかに集中していた。
だから、ギターを勝手に持ち出し父さんにしかられる事なんて、僕も分かっていたけど、そんなのは二の次。彼女と遊ぶ事だけを考えていた。
それからすぐにギターを手にした僕が公園につく。彼女は相変わらずブランコに揺られていた。僕が彼女に近づくと、こちらに気が付きパアッと表情が明るくなった。
その表情を見れただけでもギターをパクリ、お父さんの怒りを受けてもお釣りが来るくらいのものだなと思った。
ケースからギターを取り出し、彼女へと見せる。
「じゃじゃーん!ギター!」
「わあ、綺麗......!」
深く青い色をしたギター。彼女の抱いた見た感想は、カッコいいでも可愛いでもなく、綺麗だった。奇しくも僕が最初にこのギターを見て、父さんに言った感想と同じだった。
「はい!どーぞ」
「え、え、どーぞって......触ってもいいの」
「そりゃ勿論!君の為に持ってきたんだから。めっちゃ重たかったけどね!」
肩をくるくる回す僕。すると彼女はクスクスと笑っていた。
「ありがとう」
「へへ」
「......深宙」
「?、そら......?」
「わたしの名前、秋乃深宙っていうの.......よろしく」
「!、深宙ちゃんかあ〜!僕の名前は、佐藤春だよ!よろしくね!!」
「春くん、か......」
これが深宙との出会いだった。
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