第69話 過去


「おわかりいただけましたか?春っち」


 パチーン!とウィンクする紫音さん。


「事情はわかりました。というか、今更ながらですけどその「春っち」って呼びかたはいったい......」


「あ、ごめんなさい。なれなれしくて。けど、好きな人には「〜っち」って愛称をつけて呼ぶのが癖で......嫌ならやめますが」


「いえ、嫌ではないですけど、そんな呼ばれ方したのは初めてだったので、少し驚いたというか」


「おお、そーでしたか!ふっふっふ......」


「?」


 悪い笑みで紫音さんが言う。


「春っちの初めてを奪ってしまったか」


「......言い方がヤバいな」


 彼女は頬に手のひらを当て上目遣いで僕をみる。


「ポッ......」


「いやポッて」


「......春っちの、えっち」


「なにが!?」


「べ、べつに良いんすよ......都合の良い女で。......ずっと貴方の側に居られるなら」


 彼女は切なそうに視線を左下におとす。


「何これ、どーいう設定!?」


 ぷっ、と堪えきれず笑い出す紫音さん。あははは、とお腹をおさえて爆笑している。何がおもろいねん!


「ふひひっ、はあ......春っちは面白いっすねえ」


「いや、どちらかというと紫音さんでしょ」


「おお、褒められたあ!いゃったあ!にしししっ」


 にこにこと笑う彼女。


(......こんなに人懐っこくて対人関係が得意そうなのに)


「紫音さんはなんで人が嫌いなんですか?」


 ふと、自然にでた言葉。


 単純な疑問。可愛らしくて人懐っこい紫音さんなら、誰からも愛されそうな気がする。てか、実際話をしてみて僕は仲良くしたいと思えるほどで、人付き合いの苦手な僕がそう感じるくらいなんだから、他の人とも仲良くできるはずで。......なのに拒絶する理由は、なんだろう。


 にやり、と口角をあげる紫音さん。


「おおっとお!自分のこと、気になりますか?好きになっちゃった?参ったなあ〜こりゃ」


 ぱたぱた手を振る彼女。これははぐらかす気満々だな。答えてくれそうにない。と、思い始めた時、ふと彼女が言った。


「......まあ、単純な話、いじめっすね」


「いじめ」


「小学生の頃に始まって、中学生もやられました。ちなみに高校はいってないっす」


「そうなんですね」


「あら引いてます?」


「......いえ。僕も似たようなものなので。高校は行ってますけど、ひとつ違えば同じでしたね」


 ふふっ、と笑う紫音さんは頷き続ける。


「昔からなんすよ。自分は夢中になったことに対して異様な執着する性格でして......小学校ではお絵描き。朝から晩まで。授業中にも描いていて怒られた事もありましたね。あはは」


 ぽりぽり、と頬をかきはにかむ彼女。


「ただひたすらに大好きな絵を黙々と描いていました。すると、ある日一人のクラスメイトが、『一緒に遊ぼう』って来たんす。その子はクラスの女子のリーダーの位置にいたこで、スポーツが得意な子でした」


「......」


「その子は遊ぶとなったら必ずスポーツをしようとする子で、自分を誘ったときもサッカーボールを持っていて......でも、自分はスポーツ得意じゃないし絵を描きたいから、お断りしたんすよ......そしたら、彼女は一言『絵ばっか描いて気持ち悪い』って」


 それがきっかけか。


「......そこから自分はいじめの対象になってましたね。孤立するのは絵を描くことに集中できるのでウェルカムでしたが、給食や机の中、上履きとかにイタズラされるのは辛かったっすね」


 そうだ。孤立する、ならまだ良い。そういう、自分達とは違う者を.....異質を彼らは攻撃対象としてみるようになるんだ。


「多分、春っちにも経験があるでしょう?」


「......まあ、ね」


「それから、耐え兼ねた自分は部屋に引きこもりに。ずっとPCで暇潰ししていたら、オカロの曲にであって......中でもマノPさんって人の曲がめっちゃ素晴らしくて、当時の自分は中学生でしたが、あの人の創る世界に自分の生きる居場所をみつけたんすよ。マノPは自分にとっての神っすね!」


 マノPって、七島先生のオススメのオカロPか。凄いな......【神域ノ女神】が神と崇める存在。紫音さんの人生に影響を与えた人。


 僕は紫音さんに問いかけた。


「あの人の曲って......ネガティブな詞が多くないですか」


「ですねえ。ありますね」


「僕は、最初......あの歌詞が嫌いでした」


 眼鏡の向こうの大きな目がパチクリとする。


「だって、あの人の歌詞は......聴く人に惨めさや怒りを突き付けるような、どうしようもなく辛く苦しいものばかりを表現している。変えられない現実、停滞する日々と、胸の奥の不安......」


「まるで自分の事を歌われているよう?」


「......はい」


「自分も最初そうでしたよ。なぜこの人は、これほど呪いのような詞を書くのかって。......でも、春っちも理解しているでしょう?」


「......彼女の曲は、僕らのような異質に向けて作られている」


「そう。そして、裏に仕込まれているメッセージ......あがいても、無駄な努力だとしてもやるしかない。けれど真っ直ぐに、命をかけて進めば......どこかしらには辿り着くと」


 ......必死に歌い続けてきた。毎日、辛くても苦しくても。そして奇しくも、マノPさんの創る詞のような道を辿り、ここに行き着いた。


「あの人の歌は、呪いじゃなくて僕らへの祝福」


 そうだ。普通じゃない......偏りの中ででしか生きられない、僕やこの紫音さんのような人の歌。


 彼女が言う。


「自分はそんなマノPのようになりたくて此処まで来ました。だから、必要なんすよ。普通の人ではダメ......あなたのような人の生き様が込められた物語が欲しい。......さて、自分の話はしたっす。次は春っち......君の物語を聞かせてください」



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