第68話 眼鏡っ子


 ゲーセンで出会った謎の眼鏡っこの力を借り、戦利品のビッグサイズほぷ子ぬいぐるみを手にした僕。お礼をせねばと二人ファミレスへ来ていた。


「あの、ほんとにありがとうございました。僕一人だと手持ちの全財産かけても捕れなかったと思います」


「ぬはは、持ち上げるのが上手っすね。春っちは」


「いやいや、ホントに......って、あれ」


 彼女はソフトドリンクをあおる。中身はアイスコーヒー。


「僕、名前......」


「言ってはなかったけど、自分は君のこと知ってるっすよ。佐藤春くん」


 彼女は持ってきていた粉砂糖を忘れていたようで、「あ」と呟いた。先端をぶちりとちぎり、コーヒーの残りに注ぐ。黙っている僕に彼女が言う。


「申し遅れましたっす。自分、【神域ノ女神】の一人で名前を紫音しおん 霧子きりこと言います。以後お見知りおきを」


 テーブルに肘をついて頬に手をあてている。こちらをじっと見つめ、口元は微笑んでいた。こちらを観察しているようにも見える眼鏡の奥の瞳。


「もしかして......僕だとわかったから、近づいてきたんですか」


「......ん?」


「何を言われても僕は行きませんよ」


「あ!あーあー、違う違う!」


 紫音さんがぶんぶんと両手を振る。


「自分はたまたま見かけて、楽しそうにゲームしてるなあって思って声をかけたんすよ。別に変な策略やら思惑があったりとかは無いっす、断じて!」


「そうですか......」


「うん」


 なんとなく柔らかい印象。ふんわりとしていて、敵だと理解していても警戒心が薄くなってしまう。これは彼女に助けられたからなのか、それとも彼女自身の人柄なのか。


 不思議な彼女。顔を見ていると、「にぃーっ」と笑い紫音さんは話し始めた。


「春っちはそれ、好きなんすか?『ほっぷんぽっぷん』」


「あ、えっと......まあ。けど、これは僕のじゃないんですよ。なんというか、プレゼント用というか」


「ほお!プレゼント!それはそれは。きっと喜んでくれること間違いなしっすね〜!」


「はい。だから、ほんとにありがとうございます。助かりました」


「なんのなんの、どーいたしましてっすよ!」


にしし、と笑う紫音さん。


「えっと、なのでお礼を。さっきも言いましたけど、なにか好きなものを注文してください。僕のおごりなんで」


ふむ、と顎に手を当てる彼女。そしてニヤリと笑い口を開く。


「好きなもの、ね......では遠慮なく!」


 スッと、こちらへ指をさし彼女はジッと見つめる。


「君の物語おはなしを聞かせておくれ」


「......物語?」


「そう。君の人生、これまでに歩んできた道のりを......まあ、要するに思い出話っすね」


「思い出話?......それは、僕じゃないと駄目なんですか?」


 彼女がクイッとコーヒーを飲む。


「そう、春っちが良いんす。その、なんというか、自分は人が嫌いなんすよ......」


 ん?人が......嫌い?なんだ、急に......?


「でも、その嫌いな人との関わり合いが曲を創る上で必須なんすよ......人の心をあらわす物語が。あ、自分オカロPでして!【神域ノ女神】の曲も担当してるんすよ!」


「それは知ってます。あなたが曲を作っているのは。けど、人が嫌いなら僕と話をするのも嫌なんじゃ」


「そこ!そこなんすよね。基本的に自分は人が嫌いなんすけど、稀に好きになれる例外も存在するんすよ」


「それが僕?」


「そう......それとウチのメンバーっすね」


 仲の良い、気の許せるメンバーが好きというのはわかる。けど、僕は関係ない......べつに顔やスタイルがいいわけでもないし、彼女に好かれる意味や理由がわからない。


「それって、どういう基準なんですか。あなたのメンバーはわかりますけど、僕は......?」


 彼女はうん、と頷き続けた。


「基準、それは自分が認めた人かそれ以外になりますね......もっといえば、自分がその人を尊敬できるか、その存在に価値を見出だせるかっていい方もできるっす」


「人としての、存在価値?僕にそれを見出したって事ですか?......さっき会ったばかりの僕に」


「まあ、確かに。さっき会ったばかりなのに何を言っているんだと思われるのは必然でしょうな。......けれど、自分にはわかるんすよ。君には価値があるということが」


「......意味がわからない」


「自分は君の歌をワンフレーズ聴いた時、その声に価値を見出したんす」


 歌声......僕の歌に?


「聴いていて分かったんす。君のこと。君の歌には途轍もないほどの努力の跡がある......いや、努力という言葉には納まらない。異様な、狂気とも呼べる力」


「頭がおかしいって言いたいんですか?」


「あ、お気を悪くされたなら謝るっす。けれど、これは決してそういう話ではないんす。自分は君のそこに価値を見出しているんす」


「......」


「一つのことをそこまで極めるのは、普通の人間には無理なんすよ。程度は違えど、ウチのメンバーも皆そうなんす。だから好きなんすよ皆と春っちが。......で、話を戻しますと、要は嫌いな人から話は聞きたくないので好きな人から話を聞きたいって事。オッケー?」


「えっと、まあ」


「曲作り、歌詞には生きた人生や人の体感が必要。いま話しているのはその部分すね。だから、春っちの事を......これまでの人生を聞かせて欲しいっす。勿論、話しやすく自分がお題みたいなのをだすんで」


「それは、まあ。お礼だから良いですけど......それだけ人が嫌いならオカロだけでやっていれば良いんじゃ無いですか?」


「......それは、まあそうっすね」


 彼女は困ったような表情で笑う。


「でも、まあ好きな人が......人達が出来ちゃったんで。自分の力を求めてくれて、相応に努力しわかり合える人達。それがどれだけ貴重で愛おしく尊い存在か......君にもわかるでしょう?」


 深宙、冬花、夏希......三人の顔が頭を過ぎった。確かに、この人の言っていること、わかる。同じ目標に同じ熱量で挑める仲間。それがどれほど大切で貴重で、愛すべきものなのか。


「......確かに。わかります......僕もその大切な人達に必要とされたくてここまで来たから」


「うんうん」


 紫音さんがにんまり笑う。


「自分もそうなんす。伊織んに引きこもり部屋から引きずりだされて、『ほら来なさい世界リアルと戦うわよ!あなたの力が必要なの!』なーんて言われて、あれよあれよとここまで来た......だから、自分はもっともっと曲を作り続けなきゃいけないんす。良い曲を......人の心を動かし魅了するような曲を」


 ......この人、ヤバい。


 伊織や青葉さんとは異質の力を感じる......この紫音さんという人間は己の欲に忠実で、貪欲なんだ。あの二人よりも。




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