第73話 披露


 初めて深宙ちゃんを家に連れてきた時、おばあちゃんが「でかした!春坊!」とえらく喜んだ。僕は何を褒められているのかも分からなかったが、とりあえずお母さんもお父さんも皆が深宙のことを受け入れてくれているのが分かって嬉しくなる。


 深宙も照れてはいたけど、嫌がってはいないみたいだったので良かった。


「いやあ、やっと謎が解けた!春がミニギターあげたのは深宙ちゃんにだったのか!」


「うん!」


 深宙ちゃんがお父さんに聞く。


「?、どういうことですか」


「ん?ああ、いやあ、春がねミニギターを買いに行ったときすごい真剣に見ていてさ。こんなこと今までに無かったから......なるほどね、あれは深宙ちゃんに選んでたわけか」


「そうそう、深宙ちゃんは赤いの似合うかなあって!」


「そ、そうなだ......ありがとう、春くん」


「ううん!深宙ちゃんが喜んでくれて僕も嬉しい!」


「......」


 彼女は「ふいっ」と僕から顔ごと視線をそらす。


 不思議だった。深宙ちゃんはたまにこうして僕から顔をそむける。けれど、それは怒らせてしまったからでも嫌われたからでもないという事は不思議と理解できた。


 前にクラスの女の子に鈍感と言われたことのある僕。けれど、深宙ちゃんのそういうのはわかった。


「あ、そーだ!深宙ちゃん、それギターだろ?」


「はい、春くんのくれたミニギターです」


「よければ、ちょっと弾いてみせてくれるかな?俺もギター弾くんだよ。どれだけ弾けるか見てみたいんだ」


 深宙は「こくり」と頷き、ギターをケースから出す。深く赤い色の深宙のミニギター。


 ギターケースについている小さなポケットからピックを取り出す。


「......えっと、なにを弾いたらいいですか」


「んー、そうだなあ。と言うより深宙ちゃんは何が弾けるんだい?」


「何が......」


「得意なもので良いよ。何があるかな?」


 深宙ちゃんが、「うーん、うーん」と唸りながら困っている。そりゃそうだよね。だって深宙ちゃんは......


「深宙ちゃん!じゃあさ、あれやってよ!この昨日やってたドラマのやつ」


「昨日?昨日のドラマって『愛の二つ』の......?」


 お母さんが聞いてくる。それに対してお父さんがこういった。


「あー、お母さんが好きなドラマか。あの曲はかなり難易度たかいぞ春。深宙ちゃん、ギター弾き始めてまだ一週間くらいなんだろ?いくらなんでもあれは難しいだろ」


 僕は深宙ちゃんの方を見て笑う。すると彼女は微笑み返し、頷いた。ジャララーンと全ての弦を鳴らし、始まりを知らせる。その音にお父さんやお母さん、おばあちゃんの視線が集まる。まだ小さい妹の刹那もジッと深宙の方を見つめていた。


 そして、彼女はその『愛の二つ』のテーマ曲、【二輪葬】を奏で始めた。


 深宙は一度聴いた曲を再現する事ができた。もちろん、コードが合っているかはわからないけど、その曲に聴こえるくらいにはしっかりと弾けていた。


「......すごい」


 ひとことお母さんがいう。次々と鳴り奏でる音に、昨日のドラマが思い出されるのか、お母さんは涙を浮かべていた。


 お父さんもさっきとは違い、真剣な表情で深宙ちゃんの演奏を見ている。こんなに真剣な顔のお父さんは始めて見たかもしれない。


 おばあちゃんは深宙のギターが心地よすぎたのか、座ったまま眠っていた。気持ちはわかる。


 そして曲の終わり際、お父さんが目を見開いた。「上手い」と小さく呟き、ははっ、と笑い出す。


「どうしたの、お父さん」


「......いま、深宙ちゃんは原曲にアレンジをかけたんだよ。あんなトリッキーなアレンジの仕方は、本当なら凄まじい違和感を感じさせる......けど、そうならないように上手く編曲していた。これができるのは原曲に対しての理解が深い証拠だ......いや、それ以上にセンスがあるのかな」


 ジャーン、と曲が終わりお母さんが拍手をした。それに続きお父さんも手を鳴らし、しきりに「すごい」と深宙を褒めていた。恥ずかしそうに、だけど嬉しそうにしている深宙をみて僕も嬉しくなる。


「......ふう、人前で始めて弾いたから緊張したあ」


「僕は!?」


「春くんは、なんというか別だから」


「そ、そっか」


「え、違うよ!?特別って事だよ?」


 と、特別......!?


「そっかあ、えへへ」


「うん」


 深宙ちゃんの特別になれた。これは凄いことだ。こんなに嬉しいことは無い。誕生日に買ってもらったゲームより、運動会のかけっこで一等賞をとった時より、百点を取ったテストより、そのどれもを比べても足りないくらい。


 もっと......もっと深宙ちゃんに必要としてもらいたい。


 僕が喜びに震えていると、お父さんが深宙ちゃんに質問をする。


「いやホントにすごい上手だ......深宙ちゃん、まだ一週間って本当に?信じられないくらい上手いね。先生は誰なんだい?」


「先生?」


 キョトンとする深宙ちゃん。僕は彼女の代わりにお父さんに答える。


「深宙ちゃんに先生はいないよ」


 今度はお父さんが。それにお母さんも同じくキョトンとした顔をしていた。


「先生いないって......ひとりで練習してるの?」


 深宙ちゃんが頷く。


「ま、マジでか......独学で、しかも小学生でこれか。すげえな」


 お父さんは目を見開き驚いていた。ちょっと面白い顔だった。




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