第62話 ダンス


 俺、赤名が新たにWouTuberで本格的に活動しようと、帰路についたとき。


「お疲れ様、ですわね」


 目の前に立ちはだかる青キャップの女が一人。


「お前、塩田に動画送り付けたろ」


「はて?」


 奴は口元に扇子をあて首を傾げる。


「まあ良いさ。別にバンドになんか未練はない......クビって形は不本意だが、もうどうでも良い話さ」


「あらそうでしたか。ならばわざわざ来た意味もありませんでしたね」


「どーいう意味だ?」


「わたくしに対して言った言葉......お忘れですか?」


 この女。俺を完全にナメてやがる。


「ほらほら、あたりに人目はありませんわよ?」


「......」


 確かに。ここは人通りの少ない公園裏。時間的にも誰かが通る可能性は低い。


「やはり、あなたはその程度ですのね。大きなことを言っておきながら、結局は何も出来ない臆病者」


 奴の言葉が胸に刺さる。結局、何も出来ない......臆病者だと?


「お前、いい加減にしろよ......黙れや、くそ女」


「黙らせてみては?......できませんよねえ。ふふっ」


 明らかな挑発。おそらくは罠だ。多分、携帯かなにかで録音か録画でもしてるんだろ。同じ手は二度もくわねーぞ。


 しかしふと気がついた。こいつ、女なんだよな。


 辺りを再度見回してみる。誰もいない。


(......みれば華奢な体......これなら、力づくで)


 抑え込み、携帯を奪い俺の動画を消す。そして逆に暴力で恐怖を植え付け、録画し脅す。わからせる......そうだ。コイツにわからせる。どちらが強者か。喰う側と喰われる側を、明確に。痛烈に、その心に。


(それにコイツ)


 よく見れば胸も大きい。顔は帽子とサングラスでよくわからないが、体は合格だ。お前がやったように、その人生に消えない傷跡をつけてやるよ。


「......早く何処かに消え、」


 ――視線を外したその一瞬。俺は奴の腹に蹴りを入れた。


「――っ、ぐ、ふ」


 ゴロゴロと転がり後ろにあった街頭にぶつかる。更に俺は馬乗になり両腕を押さえつけた。


「あーあ、馬鹿ってのは状況理解できてなくてウケるわ。オマエ、ちょーしのりすぎ」


「......ぐっ、あ」


 ぎりぎりと手首を握りしめる。ちゃんと上下関係はっきりさせねえとな。二度と逆らうことの出来ねえように。


「......」


 倒れた際に帽子が吹き飛びサングラスも外れ、その素顔を見た俺は驚いた。


「お前、まさか......【神域ノ女神】の青葉、妃奈か!?」


「......だったらどうするんですか」


 だったらどうする?どうする、か。


 撫でおちるようなとろんとした眼、魔性の雰囲気を漂わせる目尻の涙ボクロ。唇はあつく、幼顔ながらも強烈に主張する真下の大きな二つの膨らみ。


 そら決まってんだろ。これ、もう勝確なんだから。このままコイツをモノにする。そうすりゃ美人な彼女、しかも【神域ノ女神】の一人が手に入り、地に落ちた俺のクラスカーストが再び頂点へ。更には、青葉妃奈といえば大企業青葉グループの一人娘......ヤラれてる動画でも撮って脅せば金もたんまりとれるハズだ。


 一石二鳥、いや一石四鳥くらいになるだろ。これは喰わねえ手はねえ!


「......はやくどいてくださ、むぐっ、ッ」


 俺は青葉の口を塞ぐ。しかし彼女はこの状況でもその強気な態度を崩さない。泣き喚かれればそれはそれで困るから、好都合だが......いや、この強気な女をどう躾けるか。くく、愉しくなってきたな。


「青葉ちゃん、お前から誘ってきたんだからな?たっぷり愉しませてくれよ?」


「......!」


 口を抑えたまま膝で腕を抑え込む。すると



 ゴッ



「――!?」


 いっ、でえ!?


 突然脇腹に強い衝撃と痛みが走った。思わず腹を抱え俺はアスファルトを転がる。


(な、なん、痛ッ、ぐぅあ)


「あらあらもう少しでしたのに。......残念」


「て、めえ、武器......」


「武器?はて」


「ああっ!?なんか武器持って......」


 見れば青葉はひらひらと手を振る。何も持っていない。てっきり防犯グッズ、例えば警棒的なで脇腹をどつかれたのかと思ったが。そんなものを持っているようには見えなかった。足元も確認してみるが、落ちてもいない。


「は、え?な、なんで......」


 凄まじい衝撃と痛みが走った。それは間違いなく、俺の脇腹は今でも激しくズキズキと痛んでいる。


「軟弱なんですね、あなた。わたくしはただ左手で掌底を入れただけですわ」


「......」


 それがマジなら、女の力じゃねえ。だからなにかカラクリがあるはずだ。服の中に何か隠してるんじゃねえのか?てかそれしか考えられねえ。


(今度は、気絶させるつもりでいく。小細工できないように......締め上げてから遊ぶ)


 俺は走り距離を縮めた。そして、奴の腹めがけ抱きつくようにタックルを――


 ゴッ


 しかけたが、次の瞬間見たのは。


「あらこんなところで寝ては風邪をひきますわよ。ああ、馬鹿は風邪ひかないか......」


 上から見下ろす青葉だった。俺はまたもや地べたを転がり、仰向けになっていた。暗い夜空。


(......なんで、おれ)


 なんで?いや俺は確かに見た。タックルで組み付こうとした時に放たれた青葉のハイキック。それが俺の顔面に振り抜かれヒットした瞬間を。


「ば、化物、かよ」


「ふふ。わたくしこうみえて格闘技は得意ですのよ。小さい頃から護身術として色々習ってきましたから」


 く、くそ。最初から、こいつ......。


「さてさて。お気づきでしょうが、ここまでの一部始終はあちらこちらに仕掛けたカメラで録画しておりますの。これ、ネット上にアップされたらどうなるかおわかりですわよね?」


「......ど、どうすれば、いい」


 青葉の瞳が冷たく光る。


「これ以上、わたくしの春様に危害を加えないでください。......次はありませんわよ」


「......わ、わかった」


「わかりました、でしょう?」


「......わかり、ました。ごめんなさい」


 俺は惨めさを抑えこむように、アスファルトへ額を擦りつけた。





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