第63話 頼み
am10:47
ライブハウス、ALIVEでの夜から一夜明けた今日。僕は夏希に呼び出され、近所にあるファーストフード店ラックドナルトに来ていた。休日の昼前ともあって人が混みつつある店内で二人はポテトを貪っていた。
「やっぱ揚げたては美味いな」
「うん。たまに無性に食べたくなるよね、ここのポテト」
「え、そう?俺はたまにじゃなくって常になんだけど」
「まじか」
「ああ。このポテトには中毒性があるぜ」
「中毒性か......わからなくもないけど」
カリカリした外の食感とホクホクした中のイモ。そして絶妙な分量の塩が美味さの黄金比を生み出している。
(まあ、僕は深宙や冬花、夏希と一緒なら何でも美味しく感じそうなんだけど。って言ったら怒られるかな......「なんでも良いのかよ!」とかって)
「それで、話しって何?夏希」
今日呼ばれたのはこの間、冬花が口を滑らせた話で、深宙に許可が要ると言っていた件だと思う。
「もしかして、前に冬花の家で深宙に許可とるって言ってた話?」
「あー、うん、それ」
「なるほど。で、なに?」
僕はポテトと一緒に頼んだ烏龍茶を飲もうとストローをくわえた。
「あんま言いにくいんだけどさー......春、お前、俺の彼氏になってくんね?」
......ぶねえ。烏龍茶、口に含んでたら吹くとこだったわ。マジでヤバかった。って、え、今なんて?
夏希に「え、彼氏って恋人ってこと?」と聞こうと思うも、もし聞き間違えだったらとんでもなく恥ずかしい思いをするので、一言も発することもできずに僕は彼女を見続けていた。
「まあ、うん。そーなるよな......」
気まずそうに夏希は頭をかく。いやなるよ?そーなるよ?
「あ、いや違うんだよ!あの、あれだ!フリをしてほしいんだよ!べつに本気で彼氏になって欲しいだなんて言ってないから。そんなこと秋乃だって認めないしな」
あ、やっぱり聞き違いじゃなかったんだ。フリか。なるほど。
「いや、それはいいよ。フリくらいなら」
「あ、え......?マジでかっ!?うわあ、良かった!助かるぜ!」
しゃっ!とガッツポーズする夏希。悔しいが可愛い。可愛いとしか言えない。この人あれだよね、可愛いよね。怖いとき怖いけど。あとカッコいい。
(ふつーにお世話になってるからな。ってか仲間だし。それくらいお安い御用だよ、任せて)
「......ほーんと、夏希は可愛いんだから」
「え......あー.......え!?は、はあ!?」
ババっとこちらを二度見する夏希。
あ、あー!!?やべ、ちょ......心の声とリアルの声が、間違えて!!うーわ、やらかした!!ヤバすぎる!!
「お、おまえ、いま......え、可愛い、って?ば、ばか言ってんなよ!おお?」
いや、お前も動揺しすぎだろ!
「ご、ごめん、違うから!違わないけど、違うから!気にしないで!えーっと......そう!彼氏のフリ!どーして急にそんな話になったんだ?」
そうそう、そもそも何故。
「いやあ、まあ簡単な話だよ。家族が心配してんだよ、学校もまともに行ってねえからさ。嫁に貰われるくらいしかないだろっつーことでお見合いしろとか言われてさー」
ああ、そっか。なるほどな。
「それで彼氏か」
「ああ。面倒くさくなって彼氏いるって言ったんだよ。そしたらそいつ連れてこいってさ」
「だから彼氏のフリか」
けど嫁に貰われるくらいしか、って......夏希ならドラムで食べていけるんじゃないのか?
「変な意味じゃないけど、べつに結婚じゃなくても夏希ならドラマーとして生計立てられそうだけどな」
「......!」
夏希が目を丸くしている。やがてその目がジト目にかわり、「あんがと」と礼を言われた。
「まあ、そのつもりで必死に努力してきたからな」
それを聞いた僕は腑に落ちた感覚になる。そうか、だから......彼女のこの技術はその目標に対して進んできた証なんだ。前に言っていた、「目標を明確に」
夏希の目標はここだったのか。
「まあ、でもそんな不安定な職業だしても納得してくれないからな。それどころか尚更不安になると思うし」
「そうなのかな。夏希のお父さんとお母さんなら、本気でやりたいってことをしっかり伝えればわかってくれそうだけどな」
「え?......あ、ああ。ちがうちがう」
「ちがう?」
「べつに親二人は好きにしろって放任主義だからさ。お見合いを勧めてきたのは親じゃないんだ」
「え、じゃあ誰なの?」
「お婆ちゃん」
「ああ、お婆ちゃんでしたか」
「うん」
そういや深宙に聞いたことあったっけか。夏希が婆ちゃんっこだってこと。そりゃ不安にもさせたくないよな。
「そっか、わかった。僕が彼氏役を務めるよ」
「ああ、ありがとう!」
にこにこと笑顔を見せる夏希。可愛いけどあんまり可愛い可愛い思ってるとまた口に出しかねないので気をつけねば。僕は見逃さなかったよ、さっき拳を握りしめていたのを。殴られたくない。
「けど、良いのか?」
「ん?」
「僕はあくまで彼氏役。偽の彼氏......お婆ちゃんを騙すことになる」
「そーなんだよな。それがな......まあ、いっそお前がホントに恋人になってくれれば良いんだけどな」
微笑みを浮かべ視線を合わせる。その真剣な眼差しと艶っぽい首を傾げる仕草に脈が跳ね、ドキドキと心臓が鳴る。
「......え」
僕が何も言えなくなっていると、彼女はペシッと肩を軽く叩いた。
「なーんてな!うそうそ!......大丈夫、春はなんも気にしなくて良いから」
「え、ああ......」
なんか誤魔化されたな。問題は僕の気持ちじゃなくて、夏希の方なのに。まあ、彼女らしいけど。
「ちなみにいつなんだ、それ」
「まだ日にちは決まってない。夏祭りライブの後ら辺に出来たらとは思っているのけどな」
「そっか、わかった」
「悪いな、春」
「いいや。力になれるなら嬉しいよ」
「......ありがと」
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