第61話 暗歩


「いつでも演ってくれていい。好きなときにきな」


 帰り際、そうオーナーが言ってくれた。そして今回のお詫びとしてタクシーを呼んでくれて代金もオーナーが出してくれたる事に。なんかここまでされると、ライブ前は嫌いな人だったけど......少し気が引けてきてしまうな。


 塩田さんとも挨拶をして別れたが、携帯をみていた彼は何かがあったのか険しい顔をしていた。またいつか一緒のステージに上がりたいな、と思いつつ車に揺られ帰路についた。


「......春くん」


 車内で隣に座席に座る彼女が名を呼ぶ。冬花を最初に送り届け、次に夏希。そして後部座席に僕ら二人だけとなってた。


 ふと目をやると、深宙は月明かりに照らされて幻想的な美しさを放っていて、僕は思わず反応が遅れる。


「......ん?」


「あのね、ギター......コタロウの事なんだけどさ」


 コタロウ。赤名に壊されてしまった僕のギターであり、深宙からのプレゼントでもあった相棒。


「もう多分、修理できないと思うんだよね。ネックが折れてて、本体も破れて半分になっちゃってるから......」


「うん。そうだね」


 深宙が気を遣ってる。僕のせいで壊れたギター。赤名がやったとはいえ、あれは僕の不注意だ。だから本当なら防げたはずで......。


「ホントに、ごめんね。せっかく深宙から貰った大切なギターだったのに......」


「え?違うよ?べつに責めてるわけじゃないから......!」


 慌てる深宙が手を横に振る。


「ていうか、今までずっと使ってくれてありがと。それだけたくさん使ってくれたら、コタロウも喜んでると思うよ」


「そうかな」


「そーだよ。ゼッタイ」


「......そっか」


 未だにあのときの光景が薄れない。あいつが側に居たのに目を離してしまった僕に......言様のない怒りが込み上げてくる。


「あのさ、ギター新しいの買おっか。それまではあたしの持ってるコで練習してもらってさ」


「それは......借りるのはちょっと、怖いかな」


 赤名に味わわされた、大切なものを壊される恐怖。そして、意図しないところで人のそれを壊してしまうんじゃ無いかという怖さ。


「そっか。そーだよね......ちょっと無神経だった。ごめん」


「いや、違うよ。深宙が謝る必要ない」


 にこっと微笑む深宙。


「......あたし春くんのパート録音するからさ、春くんも気負わなくて大丈夫だからね」


「ごめん、迷惑かける」


「迷惑なんかじゃないよ。べつに春くんが悪いわけじゃないもん.....赤名でしょ、やったの」


「いや、そもそもあいつに呼ばれるままのこのこついて行った僕が......わふぁ?」


 ぎゅむ、と深宙に両頬をつままれる僕。


「うるさい。いつまでもグチグチ言わないの」


「......ふ、ふみまふぇん」


 僕があやまるとクスクス笑いながら指を離してくれた。


「よろしい。春くんは昔から考えすぎる事が多くてダメだね」


「あ、はい」


「冬花ちゃんも夏希ちゃんも気にしてないのにさ。春くんがそんなんじゃ皆不安になるよ」


「......いや、そうっすね。申し訳ないです」


 ぽんぽんと頭を撫でる深宙。


「しっかりしろよ、あたしの最高傑作」


「うっす」


 不思議と怒りが和らいだ気がした。





 ◇◆◇◆◇




「――赤名くん、どこ行ってたの」


 ふと振り向けば塩田さんが立っていた。


(......帰ったんじゃねえのかよ)


 控室。誰も居なくなるのを待って戻ってきたはずが、ひとり残っていたらしい塩田さん。バンマスだからか俺が居なくなったのに気が付き待っていたらしい。


「すみません、ちょっと腹が痛くて......トイレに」


「それは大変だね。薬貰ってこようか?オーナーにいえば何か貰えるはずだ」


「あ、いえ。大丈夫です。治まってきたみたいなんで」


「そっか。じゃあ話をしよう」


 空気が変わったのを俺は肌で感じた。


「......は、話?なんのですか?」


「これ、なんだろうね」


 塩田さんは携帯をこちらに向けある動画を流した。それは――


『ひゃはははっ!きもちいい!!』


 ――サトーのギターを破壊した時の録画。


(......やりやがったな、あの女ァ)


「これ、僕らのバンド宣伝Pwitterにさっき送られてきたんだけど、心当たりある?」


 動画は夜で暗いから顔もよくわからない。そして、塩田さんのあの言い方......まだ俺だと確信してないってことだよな?ならまだ逃れられる。


「いや、ないすかね......てかヤバいすね、これ、ギターぶっ壊れてるし。うわっ、いくらするんだろーな」


「そんな心配してる場合か?おまえ」


 ゾワッと背筋が冷える。この感覚、前にも......やべえ。


「この声、おまえだろ?なあ」


「あ、いや、それは」


「なんで嘘つくわけ?」


「......嘘では無いです、それは」


「いい加減にしろって。おまえ、それで逃げられると思ってんのかよ......ホントに頭が、っと危ない危ない」


 ニコッと微笑む。ころころと変わるヤツの表情が恐ろしさを倍増させる。


「まあ、君が認めても認めなくてもバンドから抜けてもらうのは決まってるからね」


「......わかりました」


 こんなこええ奴と一緒のバンドに居たくねえよ。てか丁度いい。俺はもうバンドに興味なくなっちまったしな。やり始めたのも女にモテるからだしな。


(バンドはコスパ悪いし......次はWouTubeででも女漁るかな)


「それじゃ、赤名くん。俺はこれで」


 ......フッ。ばーか。ほんとにバカばかりだよな。バンドなんてやってて何になるよ?ただただ練習で時間を無駄にし続けるドM集団が。


(さて、飯でも食って帰るか)


 帰宅準備を終え、帰り際オーナーに出禁を食らったが「あ、はい」と意に介さず出てきた。バンドマンにとってはここらで一番の大きさのライブハウスALIVEを出禁になるのは致命的だが、俺にはもう関係ない。


(......俺は、奪われてない。奪うのは、俺)


 WouTuberなら、俺のが上だ。結局、金が全て。お前のような貧困陰キャには喉から手が出るほどの金を稼いでやるぜ。WouTubeでな。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【作者からのお知らせ】


新作をはじめましたので、お知らせさせていただきます!


タイトルは、『美少女アイドル配信者のダンジョン案内役をしたら人生変わった奴。』


内容は、オッサンがダンジョンで強盗に追い詰められ、なんやかんかで赤ん坊に戻り最強の魔法使いに育つというやり直し&復讐ざまあ系の現代ファンタジーです。


もしよければこちらも暇つぶし程度にどーぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る