第60話 夜


 ざわざわと、賑わう会場。僕らの演奏が終わった後、鬼のようなアンコールが起こった。しかし今日の出場したバンドはどの組も皆三曲までという話で出ていたので、僕らがそれに応えることもない......が。


「......アンコール、一曲だけ。頼めるか」


「え?」


 オーナーがまさかの一言。あれほど僕らのことを嫌っていたのに、頭を下げてきた。


「これは他のバンドの総意でもある。お前らの演奏を聴きたい......頼めないか」


 僕は深宙、冬花、夏希へと目配せした。すると彼女らが頷きオーケーを出した。けど、演奏前と今とで別人のように大人しくなってしまったオーナーが気になる。


「大丈夫です......けど、良いんですか」


「ああ。こいつらバンド連中、客席、皆お前らが観たいと言っている。勿論俺もだ。謝罪が必要なら、心の底から詫びよう」


 そう言いながら床に膝をついた。


「!?」


 そして、両手をつこうとした時、僕は思わず肩を掴み止めた。


「なにしてるんですか......」


「なにって、誠意を見せてるんだよ」


「大人が......やめてくださいよ。そんなの」


「大人も子供も関係ないぜ。俺はお前らを見くびり舐めていた。事前にだされた演奏動画ですら確認せず、ガキだからといって......悪い。俺が間違えていた。すまない」


 オーナーは真っ直ぐに僕の目を見ている。その瞳には色濃く贖罪の意志が感じられる。なにがあったのかはわからないけど、彼は僕らにもう敵意を抱いていないということだ。


「春。客の時間がもったいねえ。早くやろうぜ」「......なにやります?」「最後の一曲かあ。なにしよーね、春くん」


 そうだ。足踏みしている時間は無い。観客にも僕らにも。


「最後の一曲、やってきます」


「ああ。頼んだ」


 オーナーはバツの悪そうな顔で笑った。


 再び照明が落とされるステージ。中にはもうライブが終ったのかと思い帰ってしまった人もいるようで、少し申し訳なく思う。けど、まだ沢山の人がアンコールを期待して残っている。


(......もう少し早く話が決まっていればな)


 ふと思い出した。あのときの姫前の言葉。


(あ、そうか。もし、ここからだけでも、映像に残せるなら)


 その生配信に気づいてくれれば携帯越しだけど、帰った人にも最後まで観てもらえる。でなくても後でアーカイブになるから発見してくれれば。


 ......やる価値はある。


「オーナー。お願いがあるんですが......」


「ん。なんだ?」


「最後のアンコール、WouTubeの生配信で流しても良いですか?」


「......生配信?なんだそりゃ」


 首を傾げるオーナーに塩田さんが説明する。


「リアルタイムで見られるライブ映像を、ネットに流しても良いですかって聴いてるんですよ。彼らの演奏ともなればこれ以上ないライブハウスの宣伝にもなると思いますが、どうです?」


「な、なんだと!むしろこっちから頼む!ぜひやっちまってくれ!」


「だ、そうです。よろしくお願いします、佐藤さん」


 塩田さんがニコッと頷き、僕はすぐに携帯を操作し始める。WouTube、生放送。早く準備しないと......もうこれ以上会場の人達を待たせるわけにはいかない。


「あ、あの、佐藤くん」「!、八種先輩......?」


「配信、私がやろうか。前のバンドでもやったことあるの。だから」


「おっ、ならやってもらおーぜ、春。そのそうが早いし間違いないだろ」


「......ですね。私達、やったこと無いですし......」


「うん、そうしようよ春くん!ね?」


「わかった。......お願いできますか、八種先輩」


「勿論!むしろこちらが提案したことだから、責任持ってやるね。佐藤くん達は安心して準備して」


「けど秋乃が録音したギター音源、他にはもう無いんだろ?なにやるよ」「......ですねえ。まあ、必然的にそれがなくとも出来るものって事に......あ、あれどうですか」「?、あれってなに?冬花ちゃん」「......バラード曲の【闇夜の散歩】......とか」


 バラード曲か。確かに、あまりやらない静かな曲をやるには良い機会かもしれない。ラストにやった曲から時間が経っていておそらくハードなのをやっても盛り上がりに欠ける。


「いいと思うよ。僕も」


「だね。初めてのバラード曲......試してみよう」


 暗いステージ上へ僕らは再び登った。闇の中で観客の歓声が上がる。


(嬉しいな......誰かに求められるのって)


 最初は深宙一人の為にと思っていた。けど、こうして携帯の画面の向こう、暗闇の観客席、舞台裏の人達に望まれ期待を受け、立つステージ。


 僕が僕自身に価値を感じるこの瞬間が、堪らなく愛おしい。


 全てはこの為に、有る。


 照明が僅かに照らす。闇が薄暗い、月の照らす空のように青い空間が出来る。そして始まるは滑らかな、ギターの優しい音色。小刻みに、けれどゆっくりと運ぶドラムの振動。丁寧に流れるベースのライン。



 ――僕は息を吸い込み、物語にそって詞をなぞり始めた。



 こうして、後に【幻影の一夜】と呼ばれる伝説のライブは終了した。




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