第59話 衝撃
それは始めてライブを観たときの、或いは
「......こいつら、まだガキじゃねえか......なのに、なんでこんな音が出せるんだよ......!!」
悔しさ。彼はまだ春達と同じ年の頃、また彼らと同様にバンドを組んでいた。多くの時間を注ぎ込み、多くの経験を経てやがてライブハウスで毎夜ライブを行えるまでの腕になる。が、しかし。
(......そうか、俺がこいつらを嫌いな理由)
オーナーには才能が無く、春らには才能があった。
根を詰めた頑張り、それに比例せず上達の止まった技術。いつしか演奏をすることに疲れ、だが大好きな音楽からは離れることが出来ずライブハウスの経営を始めた。
対して、春や深宙、冬花、夏希は息を吸うように努力をしオーナーとは比較にならない程の研鑽を重ね上達していく、努力の才能。
(......おそらく、生活の一部......寝ることや飯を食うこと、いや空気を吸い込む、呼吸レベルの当たり前な生理現象と同等......そのレベルでやっているんだコイツラは......!)
まだ天井が見えない春らの潜在的力を感じていた。
類稀なセンス、努力の才能。どちらもかつてオーナーの欲しくてやまなかったモノであり手にすることが出来なかったモノ。
(くくっ、はは......そうか、理解したぜ。俺がこいつらのリハを見に来ようと思わなかった理由。......怖かったんだ、こいつらが)
――最初に見たときから感じていた得体のしれない力、深層心理で理解していたこいつらのヤバさ。
『――♪♫』
まるで壇上、裏方、客席、全てが溶けて混ざり合うかのように感情が濁流となり同じ方向へ押し流されていく。深宙、冬花、夏希の演奏により巨大な波は春の圧倒的歌唱力により全ての心を飲み込む。
――四人は、ゾーンと呼ばれる集中の極地へ入っていた。
(......春ちゃん、次のフレーズ重々しく)(うん、わかった......!)(有栖、客席の勢いが良い、気持ち早めに行くぜ!)(......了解です)(夏希ちゃん次もっと激しくいくよ!)(ああ、わかってる!)
――意識の共有。言葉に出さずとも以心伝心する、四人の想いと言葉が駆け巡る。会話など出来るはずもない刹那にスパークする稲妻の如く。
巨大な怪物が形成される。膨れ上がる大きな影、それに呑み込まれる、オーディエンス。
観客席では、あるものは魅了され、あるものは嫉妬し、あるものは憧れ、あるものは細く笑む。様々な想いと思惑が溢れ返る中、ラストの曲が放たれようとしていた――
春が天高くあげた拳。
指を立て、一言......曲名を静かに呟いた。
『――零』
「おおおおー!!」「マジで!!?」「神曲きたああッッ!?」「え、零ってあれだろ800万再生の!」「熱ッッ」「生ライブ初演奏じゃね!?」「やべえ気絶するってこんなの!!」「伝説のライブになるだろこれえええ!!?」
曲のスタートはベースのスラップ、次にギターが重なり、そこにドラムが入る。
「......ああ、馬鹿だな俺」
赤名が独り言をそう呟いた瞬間。壇上の春と目が合う。上と下。天と地。見下されている様に思え、惨めな想いが喉元を締めつけられているような感覚に落ち、呼吸がまともにできない。
なぜか流れ出す涙。思い通りにいかなかった悔しさと、自身がいかに矮小な存在なのかを理解させられ、愚かさを突きつけられた。
瞬間、赤名の心を完全に折るように――ドッ、と春のボーカルが入り会場が幾度ともわからない歓声に包まれた。
オーナーですら初めて目にする程のライブの盛り上がり。
「すげぇ、すごすぎるッッ!」「うわああ、深宙ちゃん可愛いー!」「春くんー!!」「ドラムやばあ」「な!かっけえよなあのドラマー!!」
「ベースだろベース!!あのセンスとパワフルな演奏!!」「ギャップやばいよね!?あの小さな体で迫力ある重い音!!サイッコーだよ有栖さん!!」「あの子有栖っていうの?」「そーだよ!!」「つーか、こいつらなんてバンドよ!?」「名前まだないっぽいよ!」「「「は!?」」」
すみません、ないんです!!
「春くん!」「サトーさん!!」「佐藤くーん!」「キャア!こっちみた!」「カッコいい!」「春くんー!!」
(おい鼻の下のばしてんじゃねえぞ春)(......春ちゃんの、えっち......)(なんで!?)(はい、集中してねー!特に春くん)(なんで!?してるよ!?)
――曲のクライマックス。大サビに突入し、春、深宙、冬花が同時にジャンプする。夏希はかわりにクルクルとドラムスティックを回し、バスドラでカウント。
いち、に、さん、よん。
再び全ての音が、想いが、メロディとなり一つに集約され開花する。それは、努力の土壌に咲いた大輪だった。
「......嗚呼、綺麗。なんと美しいことか、彼らの放つ音の華は。ふふっ、ふふふ......」
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