第58話 魅了



 ――赤名は、固まった。心臓が凍りつくような冷えた背筋。


 春にしたこと......あれは考えうる限りの最善手だった。自分たちのバンドは決して下手ではなく、それどころかかなりのレベルである事を認識していた。けれど学校祭での敗北と植え付けられた恐怖心。


 それらを完全に払拭するため、春達のバンドを完膚なきまでに叩きのめす、その必要があった。


 そして赤名修義が考え出した答え。それはバンド自体を演奏不能状態にし、強制的な黒星をつけさせるという卑劣極まりない作戦。その為に春のギターを破壊し、更には精神状態を不安定にさせた。


 仮に春が誰かしらからギターを借りたとしてもまともな演奏をすることは叶わない。......と、そう思っていた。この演奏が始まる前までは。


(......レベルが、いや......いまならわかる。あいつらと俺とじゃあ存在している場所が......)


 自身が立っているその場所が、決して春らと同じ位では無いことを突きつけられた。


 別に練習をしていないだとか、怠惰に日々を過ごしていた訳ではなく......だけに単純な力の差となって現れた互いの実力。石ころがダイヤの様に輝くことはなく、雑草が花を咲かせることはない。


(......ホンモノとニセモノ......俺は、ホンモノじゃない......?)


 ――どうあがいても、決して抗えない才能。そして赤名は知る由もない膨大な努力の量。


 クラスで見かけた最初の印象は根暗。無口で自分の世界に閉じ籠もっているそんな奴だった。だからそういう扱いをした。弱肉強食のこの世の中、弱者の命は強者の為に存在し消費される。


(けど、コイツは......なんなんだ、マジで。何度叩き潰しても折れない.......それどころか)



 ――正に、怪物。幾度となく殺し潰し晒してきた。しかし奴は蘇る。より大きな力を以て......襲いかかってくる。





 ――青葉は微笑む。自身が望み描いた絵図。しかし、開けてはならないパンドラの箱を開いたような、そんな感覚。大きな希望と絶望をいっぺんに手にしたかのような......。


(イイ。とても、イイですわよ......それでこそ、わたくしが最も認めたボーカリスト......春様)


 それは、陰鬱な日々。【神域ノ女神】が世界で名を轟かせ、栄光の軌跡を残し続けていた最中、青葉はどこか虚しさを感じていた。退屈、とも違う......頂点へは届かないとどこかで自分たちのグループの底を知ってしまったような。それでも進まねばならない日々。


 そんな色褪せ始めた日常に突如として現れた【名もなき怪物】


 一目惚れともいえる高揚感。それと共に確かに感じた、彼との運命。


 必ず手に入れる、と誓った胸は熱く、失いかけた夢への想いが再燃する。


「春様......あのお方とならば、【神域ノ女神】は更に天上へと舞い上がることが出きる」


 彼の潜在能力を見抜く青葉の目は妖しく輝く。


(ああ、早く......あの人をわたくしのモノにしたい)


 どれほど非道で残酷な手を使ってでも、必ず手に入れる。そう彼女は春を強く想った。





 ――激しく打つドラム、ベース、ギター。そして春の言葉が心を撃つ。


(......動画を見たときは、まだ喰えるかと思っていた。しかし、これは......)


 塩田は春らに憧れ、尊敬の念すら抱いていた。しかしそれと同時に彼らを利用し上にあがれないかと画策する打算的な面もあり、ライブへと招いた。


 人は人である以上、心がある。メンタルは全てにおいて重要だ。精神が不安定になれば普段できていることがいとも容易く行えなくなる。


 春らがライブハウスでプレイしたことが無いと聞いたとき、緊張し普段の力は発揮できないだろうと、塩田は考えた。それならばもしかすると、彼らの上をいけるのでは.......一度でも彼らを上回った事実があれば自分たちのバンドに箔が付く、と......が、しかし。


(......これは、俺達が戦える相手じゃない。はは、は......)


 蓋を開ければ完敗だった。指先さえかからない......見上げる事しか出来ない存在。



 ――喰われたのは、塩田のバンドだった。



「――春くん」と、呼ぶ深宙の声。一曲目、【explosion】が終了し、二曲目に突入する。熱くなった会場。沸き起こる歓声。


 セットリスト通りであれば次にくるはまたオリジナル曲。だが、流れ出した曲は違った。それを瞬時に理解し冬花、夏希が応じるようにリズムを刻み始める。


(これ、オカロ......そうか)


 頷く冬花と笑う夏希。


「――行こうか、あたしの最高傑作」と、深宙のギターの音が手を差し伸べる。


 僕はありったけの暴力的なシャウトでそれに応えた。


 観客が驚きの声を上げ始める。


「あれ、これ......」「すげえ」「こんな曲もできんのかよ!」


 流れるように言葉を紡ぐラップ調の曲は、先週WouTubeにアップされていたマノPの最新作。これは七島先生に君らのバンドに似合う曲とオススメされた新曲。


 ――鋭利な刃。言葉が切り裂く、音の刀となり観客を卸していく。


 そして、「......なんだ、コイツらは......」


 オーナーが目を細め、口を開いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る