第57話 真の



 ――ワッと会場が沸く。僕らの前の塩田さんのバンドが演奏を終え、ぞろぞろと戻ってくる。その中にはもちろん赤名も居て、僕の肩をぽんぽんと叩く。


「客席、温めといたぜ!頑張れよ、サトー!」


 ニッと笑いかけるヤツのその勝ち誇った表情に、僕は腸が煮えくり返る思いだった。だけど今大切なのは僕の感情ではない。観てくれている人達だ。


(冷静に、こいつの話に耳をかすな)


 僕が反応しないのをおかしく思った塩田さんが声をかけてくる。


「どうしたんだい、佐藤くん。体調でも悪いのかな?」


「いえ、大丈夫です」


 僕は笑って返した。この人は関係ない。そしてセッティングしようと壇上に移動しようとした時。


「さーて、さてさて、客寄せパンダの登場だなあ!美女の売り子をゲット!さあ笑われてこいや!」


 オーナーが、がっはっは!と豪快に笑う。夏希が「......笑われる?」と聞くと彼はこう返した。


「お前らは井の中の蛙だ。ここに出られる奴らってのは、個人差はあれど概ねプロでもやっていける可能性があるやつばかり......この店の常連客はそれをずっと聴いてきた。やつらの反応は素直で正しい。耳が肥えてるからな。そいつらの前で演奏することで、お前らは自分らと他バンドとのレベルの差を理解することになるだろうよ」


 それを聞いた赤名が鼻で嘲笑い言う。


「......なるほど、ホンモノとニセモノって事ですか」


「そうだな。お前らはネットだかなんだかで人気らしいが、あんなもの実力がなくても評価される手段はいくらでもあるからな」


 ......ナメやがって。


「春、いこうぜ」


「......彼らと話をしていても無意味です、春ちゃん」


「お、あれ?深宙ちゃんはどーしたんだよサトー。まさか帰っちゃった?」


 赤名のその言葉に塩田さんが反応する。


「そういえば......彼女は?」


「......」


「ああ!?客寄せパンダ一匹逃げたのか!?あいつが一番レベル高かったのによお!?」


「......いや、でもわかりますよ。今日出たバンドはレベル高かったし。逃げたくなるのは、仕方ないと思います」


 赤名が悲しそうな表情で言う。


「いえ。彼女は必ず来ます。......準備します」


 僕らは舞台に上がる。いつもの肩にかかる重さが無く、それが異様に寂しく心細い。何も持たず、マイクだけを握りしめ出る壇上は始めてで......息苦しさを感じる。


(......深宙は、まだ)


 ふと客席をみれば八種先輩がいた。見に来たいと言ってくれてチケットをあげたけど......この演奏で見る目が変わるかもしれない。たかがひとつ、僕のギターがかけただけといえばそうだけど、おそらく聴いた印象はかなり変わってくると思う。


 八種先輩がこちらの視線に気が付き手をふる。僕はそれに対して苦笑いしかできない。


 せっかく来てくれたのに、ちゃんとしたモノを見せられない。


(......って、ん?あれ?)


 その時、八種先輩に駆け寄ってきた人がいた。それは


「......秋乃、客席でなにしてんだ?」


「え、秋ちゃん......あ、ほんとですね。八種さんと話をしてますね......?」


 深宙が八種先輩と一緒懸命会話をしている。そして頷く八種先輩。その彼女の手を引いて二人何処かへ消えた。


「......どこいったんだろ」「おお!?もう始まるぞ、おい」


 と、焦る僕らに応えるよう、ステージの袖から息を切らし彼女が現れた。


「深宙!」「秋ちゃん......!」「秋乃、良かった!」


「おまたせ!皆!」


「で、何してたんだよ?」


「それはライブが始まればわかるよ!」


 と、ある場所を指差す深宙。それを見た僕ら三人が彼女の意図を理解する。


(よく間に合ったな......!)


 フッと照明が消え、会場に闇が訪れる。音を吸い込んだかのように静まり返る客席。さいごに目の端に捉えた青葉さんの瞳が妖しく光っていた。


 ――いいよ、魅せてやる。


 ただし、僕だけじゃない......皆の力を!このバンドの底力を!!


 ――夏希のカウントが入る。


(八種先輩......!)


 深宙のギター、冬花のベース......そして、あるはずのないもう一つのギターの音色が会場を満たす。ベストのタイミングだ!ありがとう八種先輩!


 深宙は僕のギターパートを録音してきてくれていた。ギリギリの時間で、彼女はやってくれた。そして、僕らは感じる――


(......やっぱり、というべきか。僕の弾くギターとは天と地、いやそんなモンじゃない。同じコードだけど、彼女が弾くことでまるで違う曲に成る......!)




 ――そして、それだけじゃない。なんだ......この感覚。


 まるで大きな扉の前に四人で立っているような、この感覚は。






 ――ひとつ。




 最初の、言葉を放った。その瞬間。



 僕ら四人は確かに感じた。



「――!!」「!!」「......!」「――ッッ!!」



 ――ガチンと、歯車がハマるような感覚を。



「――ワアアアッ」「すげえー!!」「こいつらヤベえ!!」


 ――四人は直感した。歌に集中する春、楽器隊は春のギターではなく深宙に代り、より高度で完全な演奏を展開し始める。それにより今までとは全く別次元のパフォーマンスを発揮。


 全ての歯車が噛み合い、大きな何かが動き出す。


 そう、これが――


「......これが、わたくしが観たかったモノ。春様の力を最大限に活かしたこのバンドの『完成形』、ですわ。ふふっ、ふふふ。想像以上の化物でしたわね、ふふっ、うふふふ」




 ――覚醒したモンスターが、巨大なちからでライブハウスを飲み込む。


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