第55話 悪ふざけ
――散らばる破片。街灯の光が反射し、僕の心を掻き立てる。
「なあ、サトー。知ってるかあ?努力の正体ってやつ」
状況を理解しようと努める頭。しかし赤名の言葉が一々それを濁し、振り出しに戻る。
(......こいつ)
「陰キャのお前が、俺には勝てないように......この世には予め決まった物事が溢れ返ってる。それはもうどうにもならない、変えることの出来ない......運命なんだよ。わかるかぁ?」
アスファルトに膝を付き破片を集める僕。それを見下ろしにたりと笑う。
「そう、そうだよ、サトー。お前の努力はその最たるモノさ......自己満足。自分を慰める為にあるのが努力。それが努力の本質なんだよ。頑張って頑張って、一生懸命にやった果てに何もないと悲しいだろ?哀れだろ?だから『頑張ったけどダメでした』っていう『慰め』が努力なんだよ。......まあ、もうそれも無駄になったけどな?ははは。だって、それじゃあライブで撃沈することすらできねーもんなオマエ」
ギリッと握りしめる折れたネック。思い出される深宙のあの時の笑顔。ギターをくれた日に、僕の誓った言葉が頭を駆け巡る。
――大切にするよ。
コタロウの体を指でなぞり、弦にかかる。しかしもう彼は何も言わない。いや、言えない。音ことばを出せない......命を奪われたから。
「......なあ、サトー。こっち見ろって」
言われるまま赤名の方へと顔を向ける。ヤツのいやらしい笑みにより黒いモノが僕の中へと流れ込む。どろりと苦く熱いそれが、怒りだと理解したのは。
ドンッ、と胸ぐらを掴み僕が赤名を壁に押し付けている事に気がついた今だった。
「へえ、おまえ......んな目できんだな?けどそれだけだろ?」
べえっ、と舌を出す赤名。どうみても挑発だ。コイツの狙いはわかってる。僕が手を出すのを待っているんだ。そうなればライブに出られなくなるし、この先もバンドにとって大きなダメージになる。
それは、わかってる......わかってる、けど。
(......許せない、コイツだけは)
「ほら、やれよ?この状態だってもうアウトなんだぜ?なら殴ってスッキリすればいいだろ」
へらへらと赤名が笑う。
視界が赤く染まる。頭に血が昇り、ただただ怒りに支配される。
――掴んだ胸ぐらの握る手の力が強く、ギリッと音が鳴る。けほっ、と咽た赤名。苦しそうだが、その歪んだ笑みは消えない。
「――そこまで、ですわ」
――凛と。背後から女性の声がした。
「......!」「あ?誰だ......?」
「春様、そのお手を離してくださいまし。......そのようなクズ、貴方が手を痛めるような価値はありませんわ」
青のキャップにサングラス。そして口元にあてている扇子は、さっきのリハに居た......彼女は一体。
「あ?オイオイ、誰がクズだよ。......あんたどっかで会ったことあるっけか?初対面でその言いようはいただけねえな?」
彼女はクスッと嘲笑った。
「あら、誰もあなたの事とだとは言っておりませんのに......自意識過剰ですのね」
「ああ?この状況じゃそう言われたと思うだろーが」
「これは失礼。そうですね、ごめんなさい。あなたはクズではありませんでした。訂正してお詫び申し上げます......」
そういうと彼女は扇子をパタンと閉じ、赤名へ差し向けた。
「あなたは、そう......ゴミクズ。いえ、ゴミカス?どれも違いますか......だって、ゴミもクズもカスもあなたと比べてしまっては失礼ですし、あなたはそれ以下の存在のようにお見えしますものね?」
赤名が目を見開きあ然としている。
......えっと。この子、口悪っ......凛とした可愛らしい声......なのに、口から出てくるのは毒の様な言葉が。
「お前、女だからって......許されると思うなよ?」
「あらあら。許されないのはあなたではなくて?」
青キャップの彼女は肩に掛けていたポシェットから、携帯を取り出す。そしてそれを操作し、こちらに画面を見せた。
そこには。
「......あー、お前......盗撮趣味か?」
先程の、赤名が僕のギターを破壊する一部始終が録画されていた。彼女はニッコリと微笑み言葉を返す。
「んー、まあ、なんと言われようと別に構いませんが。これ、SNSなどに載せてさしあげましょうか?とってもおもしろーい事になりますわよ」
「.......」
睨みつける赤名。腕を組み微笑む青キャップの女性。
「あー、わかったわかった!悪ふざけが過ぎたな。持ち上げら手が滑っただけでさ......悪い悪い」
ちらりと彼女の携帯を見る赤名。
「お前、その動画......どっかにアップでもしてみろ。どうなるかわからねーぞ」
高圧的な赤名に対し、意に介さない青キャップの女性。彼女はニコッと笑い赤名を見ていた。
「んじゃ......本番でな。って、ああ、お前ギターねえから本番でられねえか。ひゃははっ」
そう笑いながら奴は扉を開きライブハウスへ戻っていく。残された壊れたコタロウ。これは、迂闊な僕のせいだ。僕が赤名なんかを信じるから......。
「春様」
青キャップの女性が僕に声をかける。
「......ありがとう、ございました。助かりました......」
「いえ。それよりもお気を確かに。これから貴方はライブに出ねばなりませんの......この子の為にも、頑張ってくださいまし」
「......」
ライブ......僕にはもうギターは弾けない。仮に他の人に借りたとして、やりきることが出来るのか?
その時。裏口の扉が再び開く。そこから現れたのは、このギターをくれたその人だった。彼女はその光景に――
「......え?」
――そう呟き固まってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます