第50話 あーん


 ドラムスティックを構えながら座り、ノートPCでWouTubeを観ている夏希。僕らのチャンネルを見ながらエアドラムをしている。


「今日、当番じゃないだろ」


「じゃなきゃ来ちゃダメかよ」


「いんや。っと......」


 がさごそと冷蔵庫に僕が買ってきた物を入れる冬花。しかし急に物静かになった事に気が付きそちらへ向かう。


「何をしている、冬花」


「げっ」


 みれば彼女は買ってきた食材を冷蔵庫に入れる作業を中断し、同じく袋に入っていた麩菓子を貪り食っていた。僕は開けっ放しの冷蔵庫の扉をパタンと閉めながら、はあ、とため息をつく。


「せめて冷蔵庫はしめとけ。入ってるもの傷むし、電気代もったいない」


「......すみません。黒糖のお菓子を前にするとどうにも、衝動的に摂取したくなりまして......」


 鮮血を前にした吸血鬼みたいな事を言いやがる。


「あ、そーだ。冬花、エナドリ飲み過ぎだぞ。しばらく控えろよ」


「......えぇえ。あれ飲まないと力でないですよ」


「だからって毎日飲むのはヤバいだろ」


「は!?エナドリを毎日!?死ぬぞお前!」


 驚く夏希。こないだ片付けた空缶の山を見せてやりたい。深宙なら冬花の体を心配してキレるレベル。少し前にも冬花がお菓子を野菜と言った話をしたら、その場で通話して説教してたし。


 ちなみにそのあと冬花と会った時に「......裏切り者」と小声でボヤかれたんだけど、あの恨めしそうな顔は忘れられない。彼女には悪いけどあの表情は可愛かったからなぁ。ふふ。


 僕は買ってきたものを冷蔵庫へ入れながら夏希のくるくる回すスティックが気になった。


「前から思ってたけど、夏希は常にドラムスティック持ってるよね」


「え、あー、まあな。つーかお前も家でギターずっと持ってんだろ?」


 ......家で、ギター?


「......ん、まさか、ギター練習おろそかにしてないですよね、春ちゃん」


「......」


「......あれれー?私に野菜くえくえと説教しときながら、ギター練習してないんですか〜?それはおかしいですねえ、皆で頑張るって言ってたのに〜?」


 こ、こいつ、今までの恨みが......てか野菜の説教は深宙だし、そもそも野菜と練習と関係ないだろ。


 けど、そうだ。僕は歌に集中しすぎていたふしがある。皆こうして普段から楽器を触って感覚を養っているのに。


 僕も帰ったらギター触るか。常に触る癖をつけよう。


「冬花」


「......何ですか。そんな怖い顔しても怖くありません」


 僕は買ってきた小さいパックの野菜ジュースにストローを刺した。冬花がぎょっとした顔をするが、かまいやしない。


「はい、冬花。あーん」


「あーん」


 ぱくりとストローをくわえる冬花。ちゅーちゅーと飲みだす。


「エナドリのかわりにコレなら良いよ」


「マジ!?」


「うん。あ、でも一日一本な。甘いから」


「......あ、ありがとうございます、春ちゃん!」


 満面の笑み。ふふ、それ野菜ジュースなんやで。美味しく召し上がれ。てか、これで誤魔化せたか。よしよし。


「俺はいったい何を見せられてるんだ......」


 あ、夏希忘れてた。


「ちなみに夏希はドラム歴どんくらい?そんだけ上手いなら3、4年とか......いや、もっとやってるか」


「え、俺?あー......」


 何故か言いよどむ夏希さん。視線が天井に向いていて、お口がポカーンと開いている。本人には言えないけど、普段カッコいい彼女のこのアホっぽい顔はギャップがあってちょっと可愛い。


 そこに冬花がボソリその答えを口にした。


「......一年ちょい」


「え?」


 一年ちょいは冗談だろ。と、夏希の方を見るとツーンと明後日の方を向いていた。え、マジで......?


「夏希、本当なの?」


「いや......まあ。けど、あれだぞ、別に褒められたことじゃねえし。俺、学校行かないでやってたから」


 夏希も不登校だったのか。これは踏み入って良いのか。わからない。けど、それでも......だとしても。


「一年でそのレベルって」


「あー、いや、まあ。前からゲーセンでドラムの達人しまくってたからさ。それもあんだろ」


「......いや、夏ちゃん。あれホントのドラムと全然別モンじゃないですか」


「そうか?確かに重さとか叩いた感じは違うけど、リズム感とか色々身につくぜ?」


 多分、あれだ。俺らのバンドでは夏希が一番才能があるのかもしれない。


 深宙と僕、それに前に聞いたけど冬花。この三人は小学生の頃からやっている。けど、夏希はたったの一年と少し。


「すごい......夏希、凄すぎるよ」


 僕がそういうと夏希の視線がスイミングし始めた。これはもうバタフライだ。ばっしゃばっしゃ泳いでる。それに夕焼けのせいかもしれないが顔が赤くなってる。


「あー!あー、もう!わかったから!!やめろ!!」


「......そういえば、夏っちゃんはゲーセンで秋ちゃんにスカウトされたんですよね。ヤバすぎませんか、ゲーセンのゲームでですよ、春ちゃん!」


「いや話終わらせろよ!?拡げてくんな、そこ!!」


「ゲーセンて......よほど光るものがあったんだな、夏希。いや、マジですげーわ。ビックリした。ヤベーな」


「やめれーっ!!!」


 夏希、お前が褒められるのが苦手なことは理解してるんだよ、僕は。けどこの焦った夏希のこれ、これがめちゃくちゃ可愛いんだよな!ふふふ。と、内心が表情に表れてしまったのか、「ニヤけてんじゃねえ!!」と首を腕で抱え込まれシメられた。


 ぐむむむ、胸がががが.......!!?



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