第51話 熱



「......な、夏っちゃん!胸が当たってます!」


「えっ、あ!?」


 バッと僕を解放する夏希。天国と地獄が一度に来て皆でパーティーしてるような壮絶さだった。ゴホゴホとむせる僕に夏希が慌てる。


「わ、わりい、大丈夫か」


「いや、ごめん、ちょっと悪ふざけが過ぎた......」


「......おまえ、やっぱりふざけてたのかよ」


 ジト目で睨む彼女。


「あ、いや、夏希が凄いと思ったのは本当だけど。照れてるのが可愛くて、あ」


 やばっ、と夏希を見ると今にも襲いかかる肉食獣のような雰囲気を漂わせながらも既のところでこらえているようだった。「グルルル」という喉を鳴らす音が聞こえてきそうである。あぶねぇ。


「......ほ、本当にごめん」


「いや、いい。えっと、で、練習量がなんなんだよ」


「ああ、いや、どれだけ練習すれば上達するのかなと思ってさ。僕も今まで時間とか気にしてなくて、やれるだけやってきた感じだからさ......」


 夏希は腕を組み頷く。


「なるほどな。まあ確かに練習時間は大切だよな。けど、俺の経験上それだけじゃねえと思うけどな?」


「それだけじゃない?というと?」


 夏希がテーブルに置いてあった棒付き飴を手に取り、開封していく。


「多分、熱量じゃねえかな」


「熱量......モチベーションってことか」


「ああ。どんだけ時間かけても上達しねえことってあるじゃん。あれって、そこに対する情熱が足りねえからだと思うんだよ」


「情熱......」


 僕は八種先輩を思い出す。彼女の情熱は足りてなかったのか?


「......それじゃあ、夏っちゃんはそういう人にはどうするべきだと?諦める?」


「んー、普通にエンジョイ勢で良いんじゃねえかな。だって楽しければ良いってスタンスだろ、そいつらは」


「......では、その人達が上手くなりたいと願ったら?」


「ああ、だったら......まず目標設定を「楽しむ」から「楽しませる」に変える、かな」


「目標設定を変える、か」


「そう。なるべく明確に、それと一番大切なのは時間リミットを決める事かな。ここのラインまでに何としてもやりきる、っていう一定の締め切りを作る。じゃなきゃ延々と締まりの無い練習になるからな」


 なるほど。確かに多くの時間を練習につぎ込めば、練習したような気になる......けどそれじゃダメなんだよな。夏希が言っているのは、要するに「時間」に対する「質」と「意識」の話。


 そしてその「質」を上げるためには、しっかりとした「目標」が必要ということ。


「......目標を明確にっていうのは、ゴールがわからなければ辿り着けないから、ということですかね......」


「まあ、ちょっとニュアンスは違うがそんなところかな。でも確かにゴールが明確であればそこに向かって真っ直ぐ歩けるし、迷わないよな。その分余計なところに時間を使わずにも済むし、ぶれた的はずれな努力もせずに済む......まあ至極当たり前な話だけどさ」


 夏希は飴の包み紙で小さな折鶴を作りテーブルに乗せた。あら可愛い。


「まあ、俺の主観だけどな。所詮、俺は俺でしかないから、俺以外の事は正直わからんけど。情熱があって上達できないやつもいるのかもしれないし」


「なるほど。いや、参考になった......ありがとう、夏希」


 つまり彼女は目標を定め、最短距離を駆け抜けてきたのか。その目標に必要とする全てを集めながら、真っ直ぐに努力を重ねてきた。


 その時、八種先輩や赤名、クラスメイトの人々が思い浮かんだ。もしかしたら、僕らと彼らの差はそこにしかないのかもしれない。


(......父さんが言っていた。才能っていうのは努力の土壌に咲く花だと)


 土壌が悪ければ花は咲かない、か。努力の質、熱量。


「......ところで春ちゃん。今日のメニューはなんですか」


 くいくいと服を引っ張る冬花。


「今日はアスパラとベーコンのパスタだな」


「おっ、美味そうだな」


「夏希も食べるか?」


「......春ちゃんのパスタは絶品ですよ、夏っちゃん」


「へえ。そんじゃあ、いただくかな」


「......あれ、そういえば」


 と、冬花が夏希に問いかける。


「......夏っちゃん、例の問題は解決したんですか?春ちゃんには......?」


「?、例の問題?」


 僕が首を傾げると、夏希はバツの悪そうな表情を浮かべていた。ええ、どゆこと?


「......あ、スミマセン。私、余計な事を......」


「や。良いよ」


「何かあったのか、夏希」


「ちょっと春に頼み事というか......けど、これはあれだから。先に秋乃に許可をとらなきゃいけない話だから。すまん、気になると思うけど......ちょっと待ってくれ」


 両手を合わせ拝むように謝る夏希。なにがなんだかわからないけど、これ以上聞いても教えてくれそうにない雰囲気だ。


「いや、大丈夫。じゃあまた今度。......さて、パスタ茹でるか」


「......春ちゃん、私も手伝います」


「うん。ありがとう」


 わしゃわしゃと冬花の頭を撫でる僕。ムフーッと満足げな笑みを浮かべる彼女。その光景を見ていた夏希は「いや、犬みてえだな」とツッコミをいれた。



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