第49話 ファン


 教室。席に座る赤名に声をかけ、週末のイベントライブに出る事を伝えた。「お、了解」と赤名は短く返事をする。そしてチラシを一枚くれた。


「開始は19時。サトー達はトリだ。まあ、盛り上げてくれ。それとリハは一時間前から順におこなってくから早めに来といてくれ......」


「参加費は?」


「いらねえ。......ウチのバンドにお前らのファンが居るんだよ。その人が出してくれるってさ。まあ、会場で紹介するわ」


 僕らのファン。まじか。てか参加費無しか。タダより怖いものはないというけど、怖いな。けど、ここであーだこーだ言ってもどうにもならないし。その赤名のいうファンの人と話をしたほうが早そうだ。


「うん、わかった。ありがとう」


「ああ」


 会話を終え、自分の席へ戻ろうとしたとき「なになに、なんの話ー?」と前姫が話しかけてきた。


「え、いやちょっと」


「あれ、そのチラシって......もしかしてサトーまたライブするん!?」


「まあ、うん」


「チケット売ってよ!アタシも行きたいんだけど!いくら?」


「いやわからない。赤名に聞いて」


「え、ああ、赤名もでるんだ......ふーん」


 指先でくるくると髪を遊ぶ前姫。


「てかそーいうのライブ配信とかしないん?絶対儲かるのに」


「ライブ配信......」


「そー、ライブ配信。サトー達なら観る人めちゃくちゃいるでしょ」


「かもしれない、ね」


「いやいや、絶対でしょ。多分ウチの学校の人みんな観るよ」


「......それは大げさすぎるでしょ」


「んなことないってー!みんなアンタらのバンド好きだし!もうファンだよファン!特にアタシが!あはははっ」


 ぐぬぬぬ、嬉しい。......けどちょっと複雑でもあるな。このクラスの人に限っては。


 まあ、応援してくれてるのが嬉しいのは本当だけど。......あの学祭ライブ以降、みんなが練習の為にとかって放課後の掃除とか代わってくれたり、昼休みとかもイヤホンしてるときはそっとしといてくれる。


(......そうか。意識してなかっただけで)


 皆が僕の事を考えて動いてくれてる。それはもしかしたら僕らのバンドが有名になれば、とか今のうちに仲良くしておこうとか、打算的な理由があるのかもしれない。


 けれど、それだけじゃない、と思う。きっと僕らの音楽が好きな人だっている。前姫はおそらく「そう」だ。


(――普段は意識出来てなくて気が付かない、些細な事......そうか)


 伊織にあって、僕に無いもの。


 あの時歌った......彼女が歌ってくれた曲。あれはおそらく伊織が作詞した物だ。実体験や感じた心を表現した詞だからこそのリアリティ。


(じゃなければあれ程、心に訴え掛ける歌唱にはならない......つまり僕は、このままでは彼女には勝てない)


 じゃあどうする?


 席につき携帯を起動させる。足りないのは、その世界に対しての理解力。多くをインプットして多くをアウトプットする。【神域ノ女神】、あの時の歌の詞を開き読み込む。


(時間は有限なんだ。少しの隙間時間でも、やれることをやる......)


 この詞を書き歌った彼女の心を追う。それが今のやれる事だ。


 ――そして放課後。今日は僕の当番なので、夕飯の作り置きをしに冬花宅へと向かう。買い物袋に麩菓子と野菜を詰め込みいざ彼女の待つマンションへ。


(えっと、事前に連絡しないとな)


 僕は冬花の携帯へメッセージを送る。


『いまいくぞー』


『はい』


 秒で返信がくる。これが携帯依存症かな。大体必ずノータイムとまではいかずとも遅くても一分以内に返ってくる。夏希や深宙に言わせれば既読スルー上等で返信が遅いと言われていた冬花だが、信じられない。


 だって早いんだもん。今だって秒できたし。


(まあ、いいや。とにかく)


 部屋番を打ち込み、ピンポーンとインターホンを鳴らす。しると『あい』と彼女の声が聞こえた。遠くで何かの音が聞こえているが、WouTubeでも観ているのだろうか。


「きたぞ。あけてくれ」


『うぃっす』


 ウイイーンとロックが外れた音がした。相変わらず綺麗なホール。ここっていくらなんだ家賃。と、ぼんやり考えながらエレベーターのボタンを押す。これたまに間違えて下押しちゃう。


 エレベーターを降りると、そこには冬花がいた。お出迎え。最近はずっとこのお出迎えをしてくれる。しかしそのせいで一度扉のオートロックが起動し部屋から締め出された事がある。半泣きする彼女をなだめながら管理人さんのところへいったんだけど......それに懲りることもなくこうして出迎えてくれる。


「よ」と僕が挨拶をすると「ん」と彼女が返事する。そしてわしゃわしゃと頭を撫でてやる。すべすべの髪質。この白髪と瞳の赤色がウィッグやコンタクトじゃなくホンモノだと知った時は衝撃的だったな。


 特に瞳はかなり希少らしく、アルビノって奴でその割合は人口の0.001%とかって話だ。


 ガチャリと部屋をあけ靴を脱ごうとしたとき、誰かが居ることに気がついた。あ、この靴......。


「よー、春!」「お、夏希もいたのか」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る