第48話 扉
――散りばめられた星空、その全てが僕ら五人を照らす照明のように思えた。
巨大なドーム、に敷き詰められるよう観客が犇めく。どよめきがやがて悲鳴となり、それは興奮を交えた歓声に変わる。
僕らが――いや......あたし達、五人が変えた。
ライブチケット、WouTubeの観覧チケット共に開始数秒でサーバー落ち。恐ろしいほどの人気を博しているこの【神域ノ女神】は、当初四人のボーカルグループだったが、後に五人目の歌姫が加入し、その人気を更に爆発的に異次元的に高めた。
そして今、巨大なドームのステージに立つあたし達。一曲目が終了し、熱に浮かされる観客を瞳に映し思わず感涙しそうになる。
けれど、隣りにいた伊織が笑顔で手を握り、MCを始めた事でなんとかとどまることができた。
『みんなっ!今日は新生【神域ノ女神】ライブへようこそーっ!!もう知ってるだろーけど、私達に新たな歌姫が加わりました!!それが、私の隣にいるこの子!!』
――バッとこちらに手を差し向けられ、照明が集中した。
『ほらほら、アイリス!恥ずかしがってないで皆に挨拶して〜!』
「きゃー可愛い!」「アイリスちゃーん!!」「うわあ、凄い綺麗」「ドレス似合ってるよー!!アイリス!!」
観客の声に気圧されそうになりながらも、仲間達の笑顔でなんとか立ち続けられていた。
『は、初めまして......アイリスです!ふつつか者ですが、よろしくお願いしますっ』
ドッ、と笑いが起こる。
『ちょっとアイリス!ふつつか者って、何それ〜!あはは』
伊織が涙を拭い笑う。他のメンバーも。その面々を眺め、受け入れられた思いでホッと胸をなでおろすことが出来た。
(......けど、あれ。僕、なんか忘れてるような)
「――オイ」
声が聞こえふと観客席に視線を戻す。するとそこには、一人の女性の姿が。
「春......お前、楽しそうだな」
『......え』
「......そこが居場所なんですか、春ちゃん」
隣から冬花の声がし、見ると伊織が居たはずの場所に彼女が現れていた。
『あ、ぼ、僕は......』
そして――
「春くん......」
深宙の声がし、振り返る。
「なんでそこに居るの、春くん」
『いや、これは......違うんだ!』
夏希が言う。
「やっぱタマ潰しとくべきだったか......」
「......こんなに可愛いんです。要らないでしょう......」
「だね。いいよ、夏希ちゃん。冬花ちゃん、ちゃんと腕抑えといて」
なっ、ま、まって!嫌だ!!
「って、あれ?」
え?
「なんだ、お前......もうタマねーじゃん。はは」
......え?
バッと自分の体を見る。すると、胸は膨らみ女性らしい体型になっている事に気がついた。
(――な)
「もう、お別れだね」
深宙の悲しそうな顔が心を焼く。ケンカしたとき些細な事で傷つけたとき、いろんな悲しむ表情をみてきた僕だが、こんななは辛そうな彼女をみるのは初めてだった。
「アイリス。もうやめなさい、過去にすがるのは。あなたはその天性の声帯を持って生まれた......世界で活躍する使命があるのよ」
伊織の言葉が刺さる。過去にすがる......僕は、でも皆と。
遠くで眺めている冬花、夏希、そして深宙。彼女らの顔が目に映る。
(......嫌だ)
――ドスン
腹部に衝撃が走った。
「ぐふっ、っつ......!?」
目を開けるとそこには可愛らしい妹、刹那ちゃんが僕の上に乗ってた。そして心配そうな顔で聞いてくる。
「どーした、おにーちゃん?うなされてたよ」
「え......ああ、そうか」
......シンプルに夢オチか。
「ありがとう、刹那」
「なにが!?」
心配しているのか僕の頭をなでる刹那。
「よしよし」
「......」
なんて酷い夢だよ。バンドを忘れて伊織達と仲良くアーティスト活動をしてるだなんて。......窓の外は淀んだ雨雲。今にも降り出しそうな気配。
刹那の表情と一致するその空をかき消すように、僕は彼女を上からどかす。
――ポッ、
と屋根を叩く音が聞こえ、すぐに雨の合唱が始まった。
「やばっ、せ、洗濯物......おかあさんにしばかれる!」
焦りながら部屋を出ていく刹那。そうか洗濯まかされてたのか。
サーッと降る雨の音が夢と重なる。
まるで大勢の観客の声援。夢の中とはいえ、あの光景と包み込まれる全てを肯定してくれているファンのあたたかな空気。多くの人の喜びに僕の歌が変わり、変えられた世界。
(......あの人達は、世界でも活躍するアーティスト、なんだよな)
冬花、夏希、深宙の顔が思い浮かび、どうにも気まずくなる。大切なバンドを忘れまさかの女体化......【神域ノ女神】として楽しく活動している夢なんて。
ただただ自分が恥ずかしく、惨めだった。
(......だって、あんな夢を見るだなんて.......深層心理で彼女らのが上だって思ってるって事だろ)
そう考えると怒りがわきあがってきた。ぐっ、と握りしめた拳。夢中で手放してしまった大切な物を無くさないよう、落とさぬよう。
(......練習、するか)
――そして僕は暗い地下の扉を開いた。
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