第39話 甘酸っぱい
「んー、と」
冷房の効いたコンビニの中。僕は珈琲かお茶か、どちらを今日の相棒にしようかと迷っていた。
隣の深宙も飲み物を選んでいる。ちなみに彼女は紅茶が好きで、家では自分で淹れたりする。
「よし、今日はレモンティー。決めた」
「ふんふん。それじゃあ僕は緑茶にするか」
レジを済ませ僕らは店前にあるベンチに座り購入した飲料水を開けた。どうでもいいけど僕はペットボトルの開くときの音が好きだ。なんかこの感触が小気味良い。
だから毎回深宙のも開けさせていただく。ちなみに缶ジュースも。
「はい」
「ありがとう」
香るレモンティー。今日はそれほど暑くもなく、過ごしやすい気温だ。鳴いている蝉と、微かにしっとりと湿る汗。
深宙が着ている通気性が良い薄い生地のパーカー。以前ウチの学校に来たとき騒ぎになったことを考慮して着てきてくれたらしい。
(......うーむ、これは)
学校から離れフードも脱いだ深宙。パーカーの前を開きあらわになるふくよかな胸。やはり暑かったのか汗で濡れている。
(あんまり見ないほうがいいですね)
肌に張り付くTシャツには薄い桃色の下着が浮き出ていた。って、いやいや。見ないほうがいいですね、じゃないよ。
「あの、深宙さん」
「はい、春さん」
「えっと、その......」
「?」
「暑いね」
「......そーだね?まあ今日はそれほど気温も上がってないけど」
「まあ、ね。でも汗はかくよね」
「!」
お、ハッという顔に!これは気がついてくれたか?
「制汗スプレー使う?」
ちげえよ!そーじゃない、ありがとうだけどチガウ!
「まあ別にあたしは春くん汗臭いと思ったことないけど」
「あ、そっすか」
「?」
いや、てか直接言ったほうが良いな。他の人に見られたらあれだし。
「深宙どの」
「はい。なんですか、春どの」
「そのですね。ちょっと胸元が......」
「あ」
深宙が視線を僕から胸下へ移動させ、それに気づく。そして両手で透けたシャツを隠す。
「えっち」
「すみません」
「うそうそ。ありがとう」
「あ、はい」
「薄手の生地とはいえ、やっぱり上着きてたら汗いっぱいかいちゃうかぁ。失敗失敗」
「ごめん」
「え?」
「だって、それ着てきてくれたのって僕に気をつかってくれたからでしょ。だから」
以前迎えに来てくれた時。深宙という人気モデルの登場により学校がちょっとした騒ぎになった。
(あの時、僕が気分悪くなったのを深宙が気にかけていた......だから、目立たないようパーカーなんて着てくれたんだろ)
きょとんとする深宙。しっとりとした肌。少し湿った毛先。
ほんのりピンクの唇。陽に透ける橙色の髪が、ふわふわと揺らぐ。
「......ふふっ」
笑う彼女。
「え、どうしたの?何か変な事言ったかな」
「んーん。春くんのそーゆうところ好きだよ、あたし」
「?」
どゆこと?と思ったけどなんか機嫌良さそうだから、まあいいか。
「そう言えばさ、学祭終わったじゃん」
「あ、え?うん」
「また何か目標が欲しいね」
「目標、か」
「やっぱりさ、そういうのがある方が楽しいよね。練習だって気合入るしさ」
「確かに」
学祭ライブが決まってからは皆どこか真剣味が増して見えた。
「それにライブ楽しいし」
「あー、うん。楽しかった」
初めて人前でやったライブ。あの興奮と熱は、何にも代えられない楽しさがあった。会場の一体感と、僕の紡ぐ歌が広がり伝わる快感。
(あれは一度味わったら......)
蘇るあの日のステージ。眼前には多くの生徒や観客が集まりこちらに注目する。そして次第に笑顔に変わるその様は、僕に意味をもたらしてくれたようで、とても嬉しかった。
「でも、あの時の春くん凄かったね」
「ん?なにが」
「だって目立つの苦手でしょ。なのにあれだけ大勢の人達の前で、完璧に曲を歌い上げるなんてさ」
......確かに。なんでだろう。あの時、壇上で注目されることに確かに怖い気持ちはあった。
でも、不安そうな冬花。物怖じしない夏希。僕を信頼してくれている深宙が......支えてくれていた。そんな気がする。
「多分、みんなのおかげ。あのアウェーの中僕が満足に歌えていたのは、三人の存在があって......僕が一人じゃない事を教えていてくれたからだよ」
そう僕がいうと、深宙は「ふふっ」と笑った。
「じゃあお互い様だね」
「......お互い様?」
「冬花ちゃんと夏希ちゃん。ふたりとも言ってたよ。春くんの歌声を信じてたから落ち着いて演奏できたって。春くんがあたし達三人を引っ張ってくれたから......だからお互い様だね、って」
「そっか。そういう意味か、なるほど」
二人の笑顔が脳裏に浮かぶ。
「ライブ......」
「ん?」
「何かライブで出られるイベントを探そうか。沢山ライブして思い出を作ろう」
「うん、そうだね、何かさがそー!」
四人の時間が色褪せないように。沢山の思い出を作り続けよう。
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