第38話 心宙


 授業中、ふとさっきの記憶が蘇る。触れられた頭がいまだ温かく感じ不思議と心地良い。


 今まで僕は赤名関係の事を人に話したことが無かった。それは話しても意味がないし、その事で聞いた相手の気分を悪くしかねないから、口にしなかった。


 けれど今日初めて、八種先輩に胸の内を吐露してしまった。流れで口にしてしまったというのもあるけど、嫌がる素振りもせず共感してくれた彼女。それが、ダメな僕を受け入れてくれたようで嬉しかった。


(......同じ境遇の理解者、か)


 って、そんな事考えている場合じゃないな。うちのバンドにキーボードか......確かにそれがあれば作れる曲の幅も広がるし、音に厚みも増す。彼女が加わればまた更に完成度の高いバンドに成れる。


(......けど、なんだろう。もやもやするな......)


 不安、というか。妙な感覚だ。八種先輩をバンドの皆に紹介するのは全然良い。けど上手く行かない気がする......理由はわからない。けど、僕の勘がそう告げている。


 帰り際、廊下をあるいていると多くの生徒に「あ、サトーくんさよならー!」「バイバイ佐藤くん」「サトーばいばーい!」と挨拶をされる。これももう普通になりつつあるが、未だに慣れない。まるで先生にでもなった気分だ。


(学祭の影響が凄すぎて吐きそうだ。吐かないけど)


 ちなみにあれから頻繁に連絡先を聞かれる事が多くなった。特に女子生徒に。告白されること十数回を越え、心臓がもたないかと思い一時は不登校になりそうな勢いだった。もう慣れたけども。


 まあ、深宙がいるから全部断っているけど......てか、僕の事歌以外なにも知らないのによく告白なんて出来るよな。いや、違うか......よく知らないから付き合うのか?理解を深めるために?


(んー、わからん)


 ずっと深宙と一緒で他を考えたこと無かったから、恋愛的な事は全然わからない。


 人の群れに流され下駄箱から靴を出す。靴紐が解けている事に気が付いた。


 ......昔から深宙の事ばかり考えていたからな。歌は、彼女が喜んでくれるから練習したんだし。と、その時。校門を出たところで肩をトンとつつかれた。


「よっ」


「!?」


 振り向けば赤のパーカーを着てフードを深く被った人がいた。スカートを履いていることから女子と言うことがわかる。いや、女子っていうかこの人......


「......深宙?」


「にひひ、あったりー」


 フードを摘み顔を見せる彼女。とことこと、こちらへ寄ってきた。


「やほやほ」


「......どうしたの急に」


「急に来たらダメですか?......春くんの事考えてたら、会いたくなっちゃったんすよ」


 それは仕方がないっすね。


「いや、ダメじゃないよ。僕も深宙の事考えてたし」


「え、ホント?嬉しいなあ、えへへ」


 するりと手をつなぐ深宙。人目について恥ずかしいけど、嬉しいの比重が大きく僕はなすがままになっていた。


「春くん」


「ん?」


「すーきぃ」


「......す、好きだよ」


 じーっと横目で見えてくる深宙。ふわりと香水のようないい匂いがする。


 なにかを求めているその視線。僕はこれかな?と彼女の頭を撫でた。


「むふふふーっ、くるしゅうないぞ」


「ははーっ」


 当たりだったか。気持ちよさそうに目を細める。これは可愛すぎて直視出来ないな。......ホント、二人きりだとめちゃくちゃ甘えてくるな深宙は。


 でも、思えばそうだ。昔から彼女は変わらない。ずっと僕の側で甘え、幸せそうに笑っていた。


 ......幼なじみだから、か。


「深宙って......イケメンに興味ないの?」


「......んん?え、どゆこと」


 唐突に、なんの脈絡もなく聞いてしまう僕。ふと気になっちゃって。ずっと一緒で付き合いやすいから僕は選ばれたのかなとか。だったら仮に気の合うイケメンが現れたら僕じゃなかったのかな?って。


 何がいいたいかというと......もし彼女好みのイケメンが現れたら、そいつにとられるかもしれないという。そんな不安と恐怖心を感じ始めていた。


(いや、気持ち悪いな僕は......妙な妄想で変な空気にして)


 けど、僕には勿体無いくらいの可愛い幼なじみ。そういう可能性を考えずにはいられない。


 妙な空気の中、深宙が答えた。


「あるよ。イケメン」


「......あ、やっぱ?どんなのがタイプ?」


「え、どんなのがって......こんなの」


 深宙が僕を指差す。


「......そ、それは、イケメンじゃないでしょう」


「そ?みんなイケメンだって言ってるけど。まあ、イケメンじゃなくてもあたしは春くんが好きだからね。春くん限定のイケメン好きだよ」


「あー、あ。えーと、ありがとうございます」


 小っ恥ずかしさで挙動不審になる僕。


「なにそれ、ふふっ」


 僕限定なのかよ。まじかよ。


「でもどーしたのさ。春くんは、なにか不安でもあるの?」


「え」


「だって、そんな事聞くってことは、あたしが誰かのところに行くって想像したって事じゃん。......他のイケメンに行きそうにみえた?」


 ドキリとした。不安を明確に見透かされ、当てられた。これが付き合いの長い幼なじみの成せる技か。


「なんでもお見通しだな、深宙は」


「ふふん。そりゃあそうだよ。だってずっと好きだったからね」


「......そっか」


「ま、安心してよ。あたし、春くん以外好きになることなんて無いし。てか、離してあげないんだから」


 不安が霧散してしまうような、明るい微笑み。深宙に照らされ心が温かくなる。


「それは、僕のセリフだよ」


 そう言って僕も笑い返した。


「あ、てか失礼じゃない?他の男に行きそうって思われてたとか......あたし信用ないんだねえ?」


「......ごめんなさい。許してください」


「いーよ!」


「軽っ」


「「あはははっ」」


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