第36話 新たな
学祭が終わり、一週間が経った。あのライブを経て僕の世界が変わる。クラスの人間はめちゃくちゃ話しかけてくるようになったし、なんなら先輩にも声をかけられるようになった。
『ボーカルくん』や『歌上手すぎくん』とか呼ばれたりして恥ずかしいけど、もうこうなったら馴れるしかない。目立ちたくない......けど、深宙から赤名を遠ざけるため。その覚悟でライブをしたんだから。
(......いや、違うか。僕はそれだけを理由にライブをしたわけじゃない)
単純に皆に聴いてもらいたかったんだ。僕らのバンドを。赤名なんか目じゃない。僕の自慢の仲間を多くの人に知ってもらいたかった。
だからこの結果も僕が望んだ事。赤名もあの件から大人しくなったし、僕に絡むことが無くなった。以前より過ごしやすくなったのは間違いない。だから、これで良かったんだ。
「......なるほど」
七島先生は頷いた。僕に最近どうだと聞いてきたから、近況報告をしてみが、ほとんど無表情の先生。やはりというかこの人は表情が読みづらい。
あと廊下での立ち話はちょっと落ち着かない。ライブの影響でめっちゃ見られるから。
「まあ、そんなところですね」
「心労が減って何よりね」
「はい」
まあトータルでプラマイ、3割プラスくらいか。上出来。比較的平和に生活出来る今はかなり嬉しい。
ふと先生を見るとぼーっとしながら人差指を唇に触れている。癖なのか考え事をしているとこれをすることが多いようだ。
「......ところで、ひとつ聞いてもいいかしら」
ふと口を開く先生。
「なんですか?」
「あなた達がカバーしてWouTubeにあげているマノPの曲」
「え、ああ。あげてますね。......先生もオカロとか聴くんですね」
「......まあ、多少は。少しはね」
なぜか少し言い淀む先生。もしかして言い方が気に障ったかな。
「そのマノPの曲がどうかしたんですか?」
「どうかなって思って」
どうかな?なにが?
「まあ、どれも凄い曲ですよね。全部100万再生余裕で越えてるし、音作りも丁寧で。あとギトギトアブラヨゴレはネーミングセンスが凄いですよね」
「......あれは油汚れにイライラしてた時に作っ」
「え?」
「あ、いえ、油汚れにイライラしてて掃除の仕方をネットで検索したら出てきたのよ、あの曲が。すごい曲名よね。かなりロックな一曲よ、あれ。ね?」
「あ、はい」
めっちゃ早口。こんなすらすら喋れるんだこの人。
「えっと、まあ......そんな感じです。ちなみに僕の妹はマノP大好きですよ」
「そう。妹さんが......え、あなたは?」
「僕ですか?まあ、普通ですかね」
「そんなっ!?」
「え!?」
びっくりした。こんな大声だせるんだなこの人。
「す、すみません。先生、マノPさんのファンでした?ごめんなさい」
「......こ、こっちこそごめんなさい。取り乱してしまって」
並々ならぬ想いがあるようだ。しかし本当に意外だな。先生がオカロ曲を聴く......なんか親近感がわく。
「引き止めて悪かったわね。これからも頑張って......勉強に音楽活動と」
微かに微笑みを浮かべる先生。
「はい。ありがとうございます......頑張ります」
先生との話を終え、教室に戻ろうとした時。
「あ、あの、佐藤くん」
呼ばれ声の方へ顔を向ける。そこに居たのは八種鳴子。三年生で赤名のバンドメンバー。そしてあいつの彼女だ。
「......こんにちは。ちょっと待っててください。今、赤名呼んでくるんで」
赤名を呼びに教室へ入ろうとすると、彼女は慌てて僕を止めた。
「赤名......?あ、いえ、違うの!」
「え?赤名に用事があるんじゃないんですか?」
「ないない!佐藤くんとお話がしたかっただけだから、呼ばなくていいよ」
「......僕と?」
こくりと頷く八種先輩。さらっと流れる黒髪が陽にさらされきらめく。眼鏡女子の最高峰のような整った容姿。......でも赤名の彼女なんですよね。残念。あんなのより良い男たくさんいるでしょうに。なぜ赤名なんだ。
「あ、あの......佐藤くん?」
そんなことを考えぼーっとしている僕を心配したのか、下から覗き込むように彼女が顔を近づけてきた。
「っと、すみません。えっと......話って?」
「うん。あの、バンドの話なんだけど」
バンド?もしかして学祭のリベンジとか?
「......えっと、そのね」
すげー言いにくそうにしてる。険しい顔してるし、これはリベンジ対バンの申し出に間違いなさそうだな。
「......その、ね。あの......」
「はい......えっと、いつですか?」
「......へ?い、いつ?なにが」
「ライブするんですよね。リベンジマッチ......僕らのバンドと」
首が取れるんじゃねえかってくらいブンブン首を振る八種先輩。
「ち、違う!そんな話じゃなくて......そもそもあなた達に勝てるバンドなんてプロの人達とかにしか居ないよ」
お世辞でも嬉しいとはこのことか。
「それじゃあ一体......?」
そう聞くと彼女は決意を固めたような瞳で、こう答えた。
「......あなた達のバンドにキーボードいらないかな。私を......よければ、入れて欲しいんだけど」
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