第35話 温もり
トクン、トクンと深宙の小さな鼓動が伝わってくる。
抱きしめた体の温もりが、微かに聞こえる呼吸が、僕の心臓を激しくさせた。
甘い香りが鼻孔をくすぐる。ぎゅうと二人のからだに挟まれる深宙の膨らみが、より鼓動を早める。
(......あ、やばい。思わず抱きしめちゃった......ど、どーしよう)
深宙をみると目を閉じたままだった。すげえ綺麗だよな本当に。長い睫毛がどこか色っぽい。
ふと目を開けた深宙。
「......どうしたの、春くん」
ジト目の深宙にドキッとする。雰囲気に流され抱きしめた事に後ろめたさを感じ、何も言えない僕。すると、彼女はニコッと笑った。
視界の端に映る花々が一斉に舞う。そんな幻影が頭を過ぎった。
彼女は、「しょうがないなぁ、春くんは」と言い
近づく小さな顔。
ゆっくりとその距離がゼロになり――
(あ......やわらか)
――二人の唇が重なった。
ふわりと優しい感触。
頭の中が白くなっていく。
ぎゅ、と締め付ける胸。深宙のからだに回した手が震えていた。
そしてゆっくりと彼女は顔をはなす。頬はほのかに色づいた桃色の花のように火照っている。甘えたように上目遣いにこちらを見る深宙がそこにはいた。
とまらなく熱く溢れ出す愛情をぶつけるように、また彼女を引き寄せ抱きしめた。
「春くん、好きだよ」
「うん......僕も、深宙が好きだ」
熱に浮かされる。夢見心地で体がふわふわしている。
けど、夢じゃないんだ。
僕は優しく彼女の髪を撫で、二人笑い合った。
――僕がこの人をずっと護っていく。
◆◇◆◇◆◇
――PCが映し出す、ひとつの動画。それはかつて無いほどの衝撃を私に与えた。
今やWouTubeをつかい活動するバンドは数多くいる。それこそ星の数ほど、光り輝く星もあれば熱に砕け消えゆく星、そもそも光らない星とはいえない物まで。しかし、彼ら四人は――
「どうですか、このバンド!ウチのレーベルに来てもらいませんか!?先輩!」
「......確かに、彼らの技術はもう高校生の域を大きく脱している......」
――美しく輝く、大きな彗星。
ギター、ベース、ドラムは勿論......特にこのボーカル。一度聴けば頭から離れない、異様な魅力を放つこの子の声は一体......
「先輩、行きましょう。彼らに会いに」
「どこに居るかわかるの?」
「なんかボーカルの子がPwitterにあげられてた画像から学校が特定されてるらしくて、それで住んでる場所が割れてますね」
後輩が見せてきた携帯の画面にはボーカルの彼らしき人の画像と、鞄の画像が映し出されていた。タイトル、ロックな鞄。
「なるほど」
「ちなみにここ学祭が先日あったみたいで、彼らそこでライブしたみたいっすよ」
「!」
「これ、携帯で送られてきたその時の動画っす。調査にあたった社員からの」
パッと映し出された画像。それは何故かそのボーカルと二人で撮っている写真だった。いや接触しとる。すげえなこの社員。
「あ、これは違う......こっちっす」
「......」
始まった動画に映るのは、静まり返る会場。それどころか雰囲気を見るに、この場がアウェーである事がひしひしと伝わってくる。
そして、ボーカルの子が後ろを振り向き、腕を上げた。
画面越しでも感じた。ゾクリとする。ホンモノであると私の本能が感じる。
――ドッと放たれる重低音と正確なリズム。下地が形成されていく。そして、そこにギターが道を拓く。
これだけでもそこらのバンドのひとつふたつ、いやもっと......遥か上。格が違うことがうかがえる。
互いの良さを、呼吸を合わせ昇華させていく。
振り返り客席へ向くボーカル。そして、携帯の音が割れるほどの音圧。
(けど、わかる)
恐ろしく上手い......生でやってここまで綺麗に、迫力は彼らがアップしている動画をこえ、観客の怒号のような声援にも掻き消されない、演奏。
これまで長くこの業界にいるが、私は見たことがない。こんな化け物が今まで影に隠れ存在していただなんて。
「いきましょう。彼らを......なんとしてでも手に入れるわ」
「!」
ウチのレーベルを大きく飛躍させられる。彼らがいれば。......必ず手に入れなければ。なんとしても、どんな手を使ってでも。最低でもあのボーカルは必ず手に入れる。
「で、彼らはなんというバンドなの?」
「知らないっす」
「え?」
「彼ら、バンド名無いらしいすんすよ」
「いやいや、なにそれ。......え、マジで?」
後輩は頷きこう言った。
「マジっす。それでWouTube登録者数312万人とか、化物すぎですよね」
......化物ね、それは。
けど、だったら実力で昇ってきたということか。いや、そうだろう。この演奏を聴けば誰もが一度で虜になる。
欲しい、彼ら四人が。
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