第29話 裏返し
――マイクの電源が切られる数分前。
私、七島栞は、赤名くんの行方を追って音響設備が設置されている場所へ来ていた。生徒に無関心とよくいわれるが、こんな私でも一人ひとりに目を配っていたりする。
(赤名くん、放送部の子と代わった......?)
約二週間程前、私はいつものように家で夕食をとりながらWouTubeを開いた。活動柄、いつもオカロ曲が多くオススメされ、適当にそれを聴きながら食事を終える。しかしその日はオカロ曲のカバーが浮上してきていた。
私の曲。今まで多くの人がオカロ曲をカバーし歌っているのを聴いたことがあるが、私の耳が肥えてしまっているのかどれも上手くはあるが一定の水準を脱さない。
しかし、その人は違った。
オカロの人間には真似できないようなハイトーンも、口の回りきらない高速な歌いまわし、その全てを完璧......いや、それ以上のレベルで歌いこなすボーカルが現れたのだ。
それは名前の無いバンドだった。
まるで、突然現れた宇宙を流れる巨大な流星。その凄まじい美しさとインパクト。しかし衝撃を受けたのはその演奏だけではない。ボーカルの声が聞き覚えのあるものだったのだ。
佐藤春。私は生徒の声を間違わない。
間違いなく佐藤くんの声。彼が難易度の高いオカロ曲を歌いこなしていた。私は全身が粟立つのを感じる。彼の才能と努力の量をいっぺんに理解し、戦慄したからだ。
......あえて人には歌えないレベルの曲を作った、のに。彼は息切れもしない、高音域も安定させ、完璧以上を魅せる。
学校で内向的だった彼がこうしてバンド仲間を作り活動していたことに胸が熱くなる。今まで見えてなかった物。
彼の努力の跡に、私も変わらなければと心を動かされた。
「赤名くん」
名前を呼ばれ振り向いた彼は目を丸くし驚く。
「......ちっ」
そして佐藤くんがマイクを通さず歌を歌い始める。私は気が付いた。......赤名くんが電源を落としたんだ。
ふふっ、と笑いが溢れる。佐藤くんの歌声が依然止まることなく続いていたからだ。彼はマイク無しでも歌えていた。
「......あいつ、マジか......なんつー声して」
それに赤名くんも驚く。壇上の佐藤くんの方をみて固まっていた。
「赤名くん」
「なに、栞ちゃん?俺、いそがしーんだけど」
「......佐藤くんのマイク、切れてるみたい」
「あー、ホントっすね。故障かな?」
私が機械に疎いと思っているのか、彼は適当に機材をいじるフリをする。
「赤名くん、そこどいてくれるかな。私がなおすわ」
そういうと彼は私を睨みつけた。
「いやいや、大丈夫だから」
怖くない、といえば嘘になる。染み付いた恐怖心があばれだすのを抑え込み、私は言う。
「けれど、水戸田くんが呼んでたから早く行ったほうがいいわよ......彼、あなたの事探していたから」
「えっ、はあ!?マジかよ!?やばい!!それを早くいえっつーの!!」
飛び退くように席を立ち、走り去っていく。赤名くんが水戸田くんを苦手としている事は知っている。ごめんなさい。でも、佐藤くんの努力をこんなことで不意にされたくはない。
(嘘、ついちゃった)
マイクの電源。特に異常もなく単純にスイッチがオフになっているだけだった。私はスイッチを戻そうとし、止まる。
曲の流れ、ここでマイクを戻すと佐藤くんのとてつもない声量がマイクで反響され曲が壊れてしまう......だから、戻すなら次の間奏。
(......多分、彼ならマイクが復活したことに気がつくでしょう)
◇◆◇◆◇◆
「お、赤名もどってきた」
「......?あれ、水戸田先輩は?」
いねえじゃねえか!ふざけんなあの先公!!
わああっ!!と会場が盛り上がる。
(は?サトーのマイク、電源戻った!?......あの女、まさか)
七島栞、俺を騙したのか!?許せねえ......!!
「あ、水戸田。おかえりー」「あ、おお。ただいま......赤名、戻ったのか」
どう七島栞をイジメてやろうかと考え始めた頃、水戸田先輩が帰ってきた。
「は、はい!ちょっと腹痛ひどくて時間かかっちゃいました......はは」
「へえ、お前、音響席の椅子の上でクソするのが趣味なんだ?」
......あ、やば。
「ちょ、水戸田さんクソて!あはは」「汚いわね」「って、どゆこと?赤名椅子に漏らしたっつーこと?」
バンドメンバーの四人が反応する。水戸田先輩の目が冷たい。俺をずっと睨んでいるようにも見えた。つーか睨んでる。
「それは知らんけど、こいつトイレなんかいってねーぞ。音響機器イジりに行ってた」
「え、なんで?」「?」「......あれ、音響って」
おそらくは皆、思い当たったのだろう。俺のお漏らしいじりで和んでいた場の暖かな雰囲気が、冷え極寒の地に変わり始めた。
「ボーカルのマイク切れたのって、赤名がやったってこと?」
「ち、ちち、違いますよ!?なんでそんなこと俺が!?」
「じゃなんでトイレって言っときながらあの席に座ってたんだよ?」
「そ、それは......」
くそ、誰か味方はいねえのか!?や、八種先輩は!?見れば彼女はサトーらのライブに食いつくように見入っていた。
(......ライブに夢中でこっちの話をひとつも聞いてない、だと)
仮にも俺の彼女だろ!?彼氏のピンチだぞ?何やってんだよこの女は!!俺のためにこいつらに割って入るくらいはしろよ!!
これだから音楽馬鹿は!!つーか全然ヤラせてもくれねーしよ!!容姿が良いから彼女にしてやったけど、マジで損したわ!!
「――俺ら三年はさあ......」
「は、はいっ」
「これで最後の学祭なんだよ。わかるだろ?お前、なにぶち壊そうとしてるんだよ」
「いや、あれは......寧ろ協力じゃないすか。ほらあいつらの演奏、俺らより上手えし......なんとかしないと」
「それがマイク切った理由かよ」
先輩の重い声が、俺の体をぶるぶると震わせた。こ、こ、怖い......怖すぎる。本気でキレてやがる。
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