第28話 そらいろ



 ――宙色そらいろの世界に音で描かれる絵は、鮮やかで時に激しく、時に静かに美しい。四人の技術ふでで描き込まれたそれはバランス良く均整のとれた、しかし絶妙な奇跡と運命の重なりの果ての絵。


 つまり、この四人でしか発現できない演奏。それが、この場にいる観客の心を掴み奪った。


 そして一曲目が終わる。


(......トーク、は要らない。波が来ている今、この熱を次の曲へ繋げる!)


 と、僕の考えを読んだ冬花がスラップを始めた。これは予定ではトーク終わり直後に始まるハズだった。次にドラムソロ、そしてギターソロ。皆の思考が一つになっている。


 その後に僕の――


「うおああああぁああっ!!!」


 ――シャウト。


 うおおおお!!と、観客から鏡のように返ってくる歓声。その肯定のアンサーが僕らの気持ちを上げていく。次もアニメ曲。ロックチューンのオカロ曲であるそれは僕らの得意とする曲調。


 個々のソロが集約され、再びひとつに成った僕らの音。


 炸裂する、眼下の観客の奥に。心に眠る熱い想いに。


「――♫♪♬」


 わああああ!!歓声が満ちる体育館。勢いそのままに二曲目へ突入した。




 ◇◆◇◆◇◆



「――赤名、お前どこいくんだよ」


 ベース先輩に聞かれた。そんなの決まってるだろ。このままじゃ負けちまうから手を打ちに行くんだよ。......って言ったら止められるんだろーな。


「すみません、ちょっと腹痛で......すぐ戻ってきます!」


 文句は言うくせに何もしねえからなこのポンコツ共は。お前らがやらねえから俺が手を回し勝利を得てきたんだろ。あのときも、いつも!


 だから、今度も......いや!今回は必ず確実に、だ!俺があの底辺地味男クズ野郎に下されて言い訳がない!!


 俺は最強、俺はイケイケ、パーフェクト美男子。だから、負けは許されない!


(......さて、と)


 俺は舞台袖から壇上をおり、ある場所へ向かう。そこは音響機器のある場所。


「へい、お疲れ様♪」


 俺は音響機器の前に座る女子に声をかける。


「あ、あれ?赤名くん......?」


「いや、ちょっとサトーに頼まれてさ、そこ交代してくれないかな。音響を少しイジらせてほしいんだよね」


「え?」


「それに君も前に行って楽しみたいんじゃない?ほら、ここは俺に任せて!せっかくの学祭だ、思い切り楽しまないと!な?」


「あ、えっと......ありがとう」


 満面の笑み。そんなにあれを観たいのか?演奏は上手いが......歌はそこそこレベルだろ?俺のが上手い。つーか、それにサトーの見た目はアウトだろ。なんだあの前髪。


(......俺のが上手い、よな?)


 まあ、いいや。楽にココが手に入った。あとはこのマイクスイッチを切るだけだ。急にオフにしたら演奏自体が中断されてやり直しをするかもしれない。


 だから、歌のつなぎ目......ボーカルがオフになったところを狙う。ふ、ぶふ、ウケるぞこれは。カッコつけて歌い始めたは良いがマイク切れてて声がしないってのは。


 だいぶ間抜けに見えるはずだ。さて、そろそろかな。



 ◆◇◆◇◆◇



 ――間奏が入る。このままラストまで運ぶ。


 と、その時。違和感を感じた。


 マイクを口元に近づけ、ふと気がついた。


(......これ、電源が)


 ――瞬時に他の三人も春の異変に気がつくが、演奏を続行する。ここで止めれば勢いは間違いなく失速する。それに。


 ――夏希は思考する。


(春のマイクのスイッチ......点灯してねえ。大方、赤名の仕業だろーな)


 ニヤッと笑う夏希。


(ばーか!春にはそんなの関係ねえんだよッ!)


 ――僕は、思い切り声を発した。


 客席が次々と反応する。


「ん、あれ?マイク切れてる?」「いや切れてるけど、声量すげえな!!」「マイク無しでも全然通る声!!」「ギターやベース、ドラムの音にも掻き消されない......寧ろ、これはこれでイイ!!」


「「「サトーくーん!!カッコいいー!!」」」


「サトーの声の通りが良すぎる」「すげー!」「これがサトー」「いやサトー以外もやべーから」「ベースの子小さくて可愛い〜」「ギターの子、可愛いし上手えし、サイコー!!俺と結婚してくれえ!!」「僕はドラムの子がいいっすね」「ドラムのヒトなんつーの?気の強そうなの良いよな」


「すごい」「やばい」そうだ。僕らのバンドは、最高......最強の四人。


 聴け、冬花のベースを。聴け、夏希のドラムを。聴け、深宙のギターを。


 聴け、僕の――


 その時、マイクのスイッチが戻った。


 ――歌を!!


『――♪♫』


 タイミング良くラストのサビでマイクが復活する。


「おおお!?」「なんだこれ」「演出かあ!!?」


 確かに演出にみえる。けれどただの事故だ。けど皆となら、それすらも力に変えられる。


 前に進める、変われる。


(前髪、邪魔だ......!)


 汗を拭うよう、髪をかき上げる。今まではそれによりあまりよく見えていなかった客席。多くの生徒や教員、来場者が目に飛び込んでくる。


(すごい......こんなに、多くの人が僕らの演奏を)


 今までにない、ゾクゾクとする感覚。皆が僕らの演奏に集中し注目している。


(もっと、この人達に......歌を、曲を聴かせたい!!)


 ――♪♫


 2つ目のアニメ主題歌が終わった直後、深宙がギターソロを始めた。このソロは......そう、僕らが最初に合わせた曲。


 オリジナル曲、【explosion】だ。


 予定では三曲共すべてアニメの曲だった。けど、そうだ......深宙が目で訴えている。


『あたし達ならやれるよ』と。


 くるっと僕は振り返り、冬花と夏希を見る。すると、夏希はニヤリ『やってやろーぜ』と言うように笑っている。冬花は深く音の世界へ、ゾーンに入っている。眠そうなジト目が鋭くなり体をくぐめる。


 僕は頷き、『行こう』と心の中で言った。


 ――カウント、1.2.3


 世界の変わり目が見える。景色が彩られ、爆発するような音が校内全ての人間に突き刺さる。


「うおおおお!サトー!!」「このバンドサイコー!!」「うわああ!!」「ヤバすぎ」「あ、explosion......やっぱりあのバンドか」「「この曲すきーっ!!」」「サトーくんイケメンじゃん!」「やっぱカッコいい!」「「きゃー!!サトーくん!!」」「いや素顔美形なんかーい」



(想いを爆発させよう、僕の......このバンドの持てる全てで)



 ――そして僕は、声を乗せた。




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