第27話 爆発



 ――ドンッと炸裂する。


 音の爆発。重く迫力のある一打が体育館の地を走った。


「「「!?」」」「お!」「おお!?」「うおっ、びっくりした」「!?」


 ドラム、ベースの音に驚く観客の声。


 僕は楽器隊の方へ振り向く。


 ドラマー夏希と冬花が僕の合図で演奏を開始した。涼し気な顔で軽快にメロディを打っていく夏希。いつの間にか咥えていた棒付きの飴。


 冬花は微かに緊張している。呼吸が浅い。多分、これほどのアウェーな空気を感じる事が初めてで今になってじわりじわりと恐怖が首を絞め始めたんだ。


 僕は冬花に視線をおくる。


 ――冬花、大丈夫。僕も怖い。一人じゃない。


 視線が合うと彼女は笑顔を見せた。


「すげー迫力だな」「あれ同じドラムだよな?音、さっきのと全然ちがくね」「うわーこれヤバいわ」「え、これドラムとベース上手くね?」


 観客の反応が変わり始めた。それはそうだ。うちのバンドのドラムとベースは最強。......いや、二人だけじゃない。


 ――深宙と目が合う。


 真剣な眼差しと、ほんのり汗ばんだ頬。彼女は僅かに頷きそのピックで弦を弾く。


 ――ドッ、という擬音が視えるほどに。観客の湧く声が背を叩いた。


 深宙のギターが、夏希と冬花の演奏へ乗り音が混ざり合う。それはどんどんと完成へと迫るナニか。


 その、とてつもないナニかがくると本能で感じ昂ぶる観客の期待感が高まっていた。


「え、え、やば!?」「この演奏やば!!」「いやウマすぎだろー!?」「バチクソうめえなおい!!」「赤名のこのバンド大物発言はマジだったのか......!」「これ、動画とっていいの?」「つーか今更だけど女子三人可愛いな」「あれどこの子?」「いやいやギターすげえなんだあの、エグ!!」「あはは、ヤバすぎてウケル!!」




 ◇◆◇◆◇◆




 《舞台袖》


 ――あ、はあ?


 俺、赤名は混乱していた。いや、なぜってそりゃそうだろ。なんだコイツラ......めちゃくちゃ上手え。会場の雰囲気が変わり始めている。


(どういう事だ......なんだ、なにがおきてるんだ、これ)


 後ろでバンドメンバー、先輩方の話が聞こえてくる。


「えぇ、なにこのレベル......」「ははは、やばぁ!」「格上やんけ。おいおい」「あ、赤名!!おまえなにこれバケモンじゃん!?......なにバケモン連れてきてんだよ、てめえ!!」「あ、あのドラマー俺より上手くね!?マジですげえ!!」「?つーか、なんかどっかでコイツラの音聞き覚えあるよーな」「プロレベルだろこれ......この後どうするよマジ」


 くそ、やばい、やばいぞこれは。めちゃくちゃ上手いと思っていた先輩方の演奏が霞んで見えるレベルの技術力。これはまずすぎる......マッチングしたの、俺だぞ。


 お、俺に責任が......このままだと先輩に怒られる。最悪、戦犯か。もう頭が上がらないカースト底辺まで落ちる可能性だって......。


 いや、いやいや、それはない。まだだ。俺はまだ大丈夫だ。


「いや大丈夫すよ」


「お?」「何が大丈夫なの」「お前の頭が大丈夫?楽器隊の力で勝負ついちゃってんだけど?」


 こ、こいつ、クソベース野郎。歳がひとつ上ってだけで偉そうに......いや、とにかくこの場を納めないと。


「いやほら、バンドって演奏も大事っすけど、でも一番大切なのってボーカルじゃないすか?」


「「......」」「......」


 ゾクッと背筋が凍った。


(......?なんだ?まあ、いいか)


 空気が重くなった気がするが、気の所為だろ。俺は続ける。


「あの地味男のボーカルより俺のが上なんで。これはひゃくぱーそうなんで。だからうちらのがバンドとして上すよ」


 そうだよ。ボーカルが一番目立つんだ。だから俺が、俺の歌声が勝っていれば負けることはない。


 どーせお情けみたいなことだろ?サトー。可哀想な、惨めな感じであの女共の同情を引いたんだよな?母性本能につけ込んで取り入ったんだろ。


 それがたまたま凄腕バンドだっただけの話さ。


 だって、あの、底辺だぜ?俺とは次元が違う、底辺中の底辺!おまえが俺に勝つなんてあり得ないし、あり得ていいはずもない!!


 ほら、歌えよ!そのキモオタボイスでぼそぼそと歌え!その時がお前の最後だ!!


 ――カン、カン


 と、曲の始まりがカウントされる。そして、イントロが流れ出しサトーが客席に振り向いた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 ――皆の音が、場を支配している。


 だから、僕は安心して身を任せられる。四人で、ひとつのバンドなんだ。


 ――僕はギターを掻き鳴らす。すぐに曲が転調し、客がそれに気がつく。


「あ」「この曲って......!!」「アニメの曲か!!」「カッコいいなオイ!」「うっわテンションあがるぜ!!」「おおー」「オイオイオイオイ!!!」「あれでもこれボーカル女の歌じゃね?」「となりのギターの子が歌うのか?」


 歌いだし、僕は彼女らが作る音の波に乗り、そして言葉を紡ぎ出す。


『――♪♫』


 おおおお!?すげええええ!!なにあいつやべえ!?と湧き起こる驚愕の声。体育館全体をビリビリと揺れ動かす僕らの演奏。


「いや声たっっか!?」「サトー歌うめえなオイ」「やばいちょっとカッコいいかも......!!」「え、まじ!?」「音安定してるなあ」「「サトー先輩!カッコいい!」」「え、サトーのファンできてる!?」「いやいやマジですげえよあんなキー出ねえよ」


「つーかあれ、あの声.......Pwitterの」「やっぱり!?」「あの名無しバンドか!!?」「歌声、そーだよね!?」「あ、やばカッコいいわ......」「ビジュアルも良し」「なんでなんで!?なんでこんなとこいんの!?」


 ――力まず、落ち着いて......詞に魂を込める。サビへ繋がり、ドンピシャで放たれる音の弾丸。


 おおおお、とまるで野球やサッカー観戦の応援にも似た歓声。しかし心地良い。


「高音すげえな......」「綺麗なハイトーンボイス!」「うわあ、綺麗」「演奏と歌声の相性やばいなこれ!」「動画で観るよか全然すげえな!」「なんつー迫力だ」「マジで最高......あの人らのライブが生でみられるなんて!」「サトーくん!カッコいいー!!」「サトーすげー!!」


 ステージの真下に集まりだした女子。なんとなくウチのメンバーの圧が増したような気がしたが気の所為だろう。多分、きっと。おそらく......そーであってくれ。


 そして、一曲目が終わりに向かってボルテージを上げていく。観客の熱量と共に。



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