第26話 嵐の前の静寂
控室とされている教室へ到着。僕は扉を開いた。
「え」「あ!」「......!?」
そこには深宙、冬花、夏希の三人がいた。驚く皆。それもそのはず着替え中で下着姿だった。
「ごめん!!」
バッと出て扉を確認する。『着替え中』の張り紙があった。あ、これ後で死んだわ。と僕は覚悟を決めた。
(......ピンクのレース、黒のスポーツブラ、純白の......じゃないっ!!バカヤローか!!)
美しい白い肌、なめらかな曲線、大きな膨らみ。記憶に焼き付く彼女らの姿。煩悩に支配されかけ首を振り記憶を掻き消す。
(そんな場合じゃ、ないだろーが!!)
僕は俯き自分を呪った。頭から離れない、彼女らの下着姿。己の煩悩の強力さを。つーかなんで鍵かけてないの?
そうしているとすぐに中から『春くん、もういーよ』と深宙の声がした。入ると事前に深宙が用意した黒のゴシック調の衣装に着替えた三人が。みんな険しい顔をしている......おそらく戦闘服を着て気合が入ったのだろう。物凄い威圧感だ。あとみんな顔が赤い。
いやごめん僕に対する圧だよねこれ。ホントにごめんなさい。
「......えっと、その。ご、ごめん」
夏希が頷く。
「ま、まあ、仕方ねえ。とりあえずこの今の状況が知りてえ。春、なんでリハ来なかったんだ?」
「春ちゃん......お腹でも痛かったんですか」
「なにかあったの、春くん?」
「えっと、実は......」
僕はおそらく赤名にハメられたであろう事を皆に伝えた。時間をずらし僕らの演奏自体を消す気だったこと。
「ま、また......あの人、はぁ」
深宙が眉間にシワを寄せる。彼女がここまで嫌そうな反応する事は滅多にない。厄介なファンに対しても丁寧に対応する深宙がこれほどの嫌悪を示すのは多分赤名しかいない。
「そうか。アイツ、マジどうにかしたほうがいいな」
「......どうにか出来るじゃないですか」
「「「え?」」」
一同冬花の一言に振り向く。
「?......だって、これから叩きのめすじゃないですか。実力で」
にやりと笑う冬花。それに応じ深宙も悪い笑みを浮かべ、夏希は更に凶悪な表情に、そして僕はそんな三人に震えた。情けないぞ!僕!
――ワアッ!!と物凄い盛り上がりを見せる会場。
その時コンコンとノックの音が聞こえた。深宙が返事すると、入ってきたのは七島先生。
「もうすぐであなた達の番です。用意してください」
――僕も黒のパーカーと黒のジーンズに着替えを済ませ、廊下を歩き体育館へ向かう。扉を開けば声援が赤名達の曲を掻き消すかのように大きく盛り上がっていた。
(......すごいなこの盛り上がり)
「へえ。赤名はともかく、あのドラムは中々のもんだな」
「うん、確かにドラマーは上手いね」
夏希と深宙が分析し始める。確かに正確かつ迫力のある音だ。しかしそこで冬花が聞いた。
「......でも、夏っちゃんのが上手いですよね」
夏希はドラムスティックをくるくる回し、ピッと止めた。そして自分の肩をトントンと叩きながらニカっと笑う。
「おう!俺のがあいつの百倍は上手いな!!」
百倍は言い過ぎ、だとは僕ら三人の内誰も思わない。なぜならそれは誇張でも虚勢でもなく、本当にそうだからだ。
いや、それは夏希だけじゃない。深宙、冬花......そして、僕だって。
赤名が遊んでいた間、僕は磨いてきたんだ。この、刃を。
「良かった」
ふと隣の七島先生が呟き、僕は「え?」と彼女を見た。
「やっぱり、あなた達だったのね......あのWouTubeにライブ動画をあげていた、名前のないバンドは」
「「「「......」」」」
汗をたらし「えっと、そ、それは......」と内心困る僕ら名前の無いバンドメンバー。違うと否定もできず無言の沈黙。
すると七島先生が「ふふっ」と笑った。
「答えなくてもいいの。ただ、佐藤くん......いい仲間を持ったのね、と思って」
「えっと、何のことか......わかりませんが。でも、この三人は最高の仲間です」
彼女が静かに頷く。微笑む先生を僕は初めて見た。いや、多分クラスの人間ももしかすると教員間ですら彼女の笑顔を見たことないんじゃないか?
「佐藤くん」
「......はい」
「今までごめんなさい」
「え?」
ジッと僕の目を見る彼女は、どこか後悔の色を瞳に宿していた。
「......佐藤くんの歌、聴かせて。私だけじゃなく、皆に。あなたの歌には力があるわ」
僕は首を振る。
「僕の歌に力があるんじゃないです」
くるっと深宙、冬花、夏希の顔を見渡す。
「みんなで、ひとつ......このバンドの音に力があるんです」
――舞台袖へと移動。
先生が言うには赤名は僕らの前に自分たちの演奏を割り込ませ、更にラスト、トリを飾る気だという。
「上等だね」
と、いつになく好戦的な発言をする深宙。そのにやりと笑う表情が心強い。このニヤリ顔は本気のやつ。
「......いくよ、コクトウくん」
黒のベースを撫でる白い指。冬花もリラックスしているようだ。時折僕の袖を摘んだりするけど。
「〜♪」
夏希は宙をスティックで叩きエアドラム。曲のおさらいをしているのかもしれない。
赤名達の三曲目が終わり、彼がトークを始める。
『――てなわけで、俺等の演奏は終わり!』
「「「えーっ」」」「あんこーる!」「まだ時間あるだろー」
『ははっ、ごめんね皆。でも次がつかえてるからさ』
「つぎ?」「次ってだれがバンドやるん?」「うち軽音楽部しかなくね」
『だよね、皆そう思うよね!けど、大物がいたんだよ!皆びっくりするぜ!』
くいくいっと赤名が僕らを呼ぶ。
僕は皆に視線をおくり舞台上へと進んだ。
「は?」「あれ、サトーじゃね」「んだよ、サトーかよ」「なにあれだれ?」「地味男じゃん」「え、てか誰?」「いやだれだー」「知らないんだけど、あれだれ?」「?」
予想通りの反応。
『ははっ、ウケるよな?こいつ、これ見てくれよ!ギターぶら下げて......はははっ』
くすくす、と笑い声がする。中には不快そうな表情の生徒もチラホラ。主に女子生徒でおそらく赤名のファンだろう。「いや赤名くんの歌きかせろよ、消えろ」とか言う人もいる。
後ろで夏希が「うおっほー、嫌われんなあ。ウケる」と小声で軽口を呟くように叩いている。僕はなぜかそれが心地よかった。
『っつーわけで、こいつら......あー、えっと?バンド名なんだっけ?まあ、いいや!』
――ドッ!と笑いが起こる。
『まあ、下手くそでも笑ってやってくれ!ほら、どーぞ?』
と、言い残し赤名が立ち去る。
――シンッ......
波が引いたかのような静寂。残された僕らに向けられたのは、圧倒的な敵意。
このアウェー感。マイクを渡された僕。壇上したから無数に突き刺さる、視線。
後ろでは皆がスタンバイを完了している。赤名にハメられみんなリハしてない。けど、やるしかない。
僕はマイクを口に近づけ、空いている方の腕を上げた。
「ぷっ、かっこいー、はは」「うける」「おっ、なになに」
場は最早僕をいじる空気に。そこらからクスクスと笑い声がする。
そして、僕は腕を振り下ろし始まりを告げた――
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【重要】
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