第23話 愚行
玄関。靴を履きながら冬花に言わなきゃいけないことを思い出した。
(学祭の件、今言っとくか)
こういうのは面と向かっていうと断りにくいと思うので、できるだけ軽くのが良いだろう。
「冬花」
「はい?」
こてんと愛らしく首をかしげた。
「急なんだけど、こんど僕の学校でライブやらないか?」
「......ライブ」
「学祭でなんだけど......勿論、嫌なら大丈夫だぞ。まあ、急だし少し考えておいて。......別に断っても問題ないからな」
「やります」
ノータイムの返事に内心驚く僕。
「......人、いっぱいだぞ」
「ん」
頷く冬花。そして微笑みこう言った。
「春ちゃんがいるから大丈夫」
怖くないわけが無い。けど、その赤い瞳が僕に訴える――
「......そっか。ありがとう」
――私は、戦うんだと。
だったら、一緒に。僕も大切なものを護るために。
「......それじゃあ、行ってくる。また練習でな」
「はい。行ってらっしゃい......春ちゃん」
僕は部屋の扉を閉めた。
僕はメッセージを送る。深宙と夏希。おそらく冬花からも連絡は行くと思うけど、学祭の件にオーケーを貰えたことを僕からも報告しないと。
その内容の文面を打ち込み二人に送信。すると、すぐに返事が返ってきた。
『冬花ちゃん熱下がったんだね。良かった。あたしも後で様子見に行くね(ㆁωㆁ*)学校祭の話も良かったね。練習がんばろう!皆でセトリ考えなきゃね٩(๑òωó๑)۶』
『春がいてくれて良かったよ。やっぱいざという時頼りになるな(笑)学祭の件、わかった。今度はおまえが俺らを頼れ』
深宙、優しいな。こんな彼女を持てて僕は本当に幸せ者だ。それで、夏希のこの(笑)ってなに?どーゆう意味?けど、「頼れ」の一文がどうしようもなく嬉しい。惚れちゃうでしょ、これ。
エントランスから出てみる空はどこまでも広がっていそうな青だった。鼻孔をくすぐる湿った匂いは雨が降っていた事を示していた。
(......路面も濡れてる)
家を経由し、学校へ向かう。床で寝ていたからか体が痛い。冬花も朝は床に寝てたよな。大丈夫かな。
教室へ入り机を見ると久しぶりに花瓶が飾られていた。
(......前までなら、この時点で帰りたくなっていたけど)
目を閉じると、支えてくれているバンドメンバーの顔が浮かぶ。
『春くん』『春』『春ちゃん』
――大丈夫。僕の心は弱いけど、皆が補強してくれる。だから、揺るがない。
例えここに居場所が無くなっても......無くても。僕には別に大切な居場所がある。
『タマ潰そーぜ』『去勢.......』
おっと、思い出さなくて良いことまで。まあでも、この花瓶を置いたのは赤名じゃないんだけどね。赤名を崇拝する一人の女子。
「あらあら、まあまあ」
背後からする甘ったるい声色で、その犯人だとわかる。振り向けば金髪ピアス、桃色のネイルと青のカラコン。サイドテールにしている毛先はふわふわ。
「サトーくん、かわいそー。でも昨日いなかったし、誰かしらないけど、そーいうことって勘違いしちゃうかぁ」
ケタケタと笑う彼女。見た目派手なのにやることが陰湿なギャル。彼女の名は姫前ひめまえ 瑠々架るるか。
この教室のクラスカーストトップの女子......と言うわけでは無いが、とにかく赤名を崇拝しており、彼の望みなら何でも叶えようとする、なんかヤベー女子だ。
「......」
「あのー、サトー。聞いてる?かわいそーねって、哀れんでやってんだけど」
だから無視だ。僕は無言で花瓶を片付ける。持ち上げた所で「あ、それ家から持ってきたやつだから割らないでね」と姫前がいう。やっぱりお前かよ。これやったの。
まあ、別にどうでも良いけど。てか、花瓶高そうだな。これ姫前の顔面にぶち撒けたい。「綺麗な花ありがとなァ!!」とか言って。
「サトーさあ、あんま調子のらないほーがいんじゃね」
「?」
僕が不思議そうな顔をしたのを感じ取ったのか、彼女はこう続けた。
「修義くん激怒だったんだけど。あんた、ストーカーしてるんだって?えっと誰だっけ......あ、あれ!深宙、だっけ?」
......あー、なるほど。そういう噂を吹聴してるのね。じゃあどっちかと言うとこの花瓶は赤名の顔面に打ち込むのが正確だろうな。
「修義くん正義感強いから、いい加減にしないと大変なことになっちゃうよ、サトー。花瓶どころかホントにボコボコにされちゃうかもよ〜。きゃはは」
甲高い癇に障る声。こういう所、赤名に似てる。
「あ、そーだ。机の中にプレゼント入れといたよ、サトー。あれで元気だせよな」
満足したのか彼女は僕の横を通り過ぎ自分の席へ向かう。机の中?何を入れたんだ......。
花瓶を窓際へ持っていき置く。さて、机の中は。
席に付き、机の中を探るとノートが出てきた。表紙にマジックでタイトルが書かれている。
『㊙秋乃深宙ストーキング日記』
.......?
ペラっとページをめくるとそこには、深宙の載るファッション雑誌から切り抜かれた、彼女の写真が貼り付けられていた。
なんだ、こりゃ。なぜこんなものを......はっ、そうかタイトル!このタイトルが全てを物語っている。つまるところ、これにより僕が深宙のストーカーであると位置づけようとしているのか。
姫前に視線をやると、にやりと悪意のある笑みを向けてきた。こんな、手間をかけてまで僕を貶めたいのか。
(......ふっ)
いや、上等だ。僕は戦うぞ。こんな精神攻撃なんて僕には効かないね。
「うわあ、気持ちわりいな!おまえ」
後ろから赤名の声がした。
「これ、おまえ......やっぱりそーか、おかしいと思っていたんだよ、深宙ちゃん......お前に脅されていたってことか」
クラス中がざわめく。
「だから、深宙ちゃん」「あの時はこいつに脅されて」「迎えに来させられたっつーことか!?」「かわいそ」「なんて気持ち悪い奴......サトー、おまえ」「うわー、同じクラスやめてえ」
いじり、から明確な悪意へと変わった。これでこの教室、いや下手すれば全校生徒までもが僕の敵になるかもしれない。
「ははっ、謝るなら今のうちだぜ?俺は優しいからなあ......」
なぜ赤名に謝らなければならないのか。もはや意味不明だ。
僕は返事をせず彼を、赤名を睨む。赤名は楽しそうににやにや笑い僕の目を見返していた。
キーンコーンカーンコーン。そして休戦の鐘が鳴り、僕はそっと『㊙秋乃深宙ストーキング日記』を鞄へしまったのだった。
(えっと、うん。まあ、ね?......写真に罪はないから)
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