第24話 無名の



 ――月日が経つのは早い。あっという間に学校祭の日程は決まり、季節の変わり目がぐんぐんと迫り、葉が落ちるように日めくりカレンダーが落ちる。


 そして、そのライブまであと二日。


 曲のセットリストを決め、僕らは今日もその練習に励んでいた。一曲目はアニメでも使われている広く知られている曲、二曲目はこれも学生の間で流行っているブカロ曲、そして三曲目はまたアニメ曲。


 学祭でオリジナル曲は盛り上がりにかけるかもしれない、そう僕らは判断した。それにオリジナルをやって僕らのバンドが僕らだとバレてしまうのは避けたい。


 ......僕らのバンド名、そういやまだ決めてないな。



 ――曲が終わり、僕は皆に呼びかけた。



「バンド名、決めないか」


「......!」


「!!」


「――!!」


 皆が一斉にハッとした表情で僕を見る。


「バンド結成してもう2週間近く......名前がないだなんて。なかなかないわね、そんなロックなバンドも」


「え、あれ、秋乃も思うよな、名前ないのロックだって」


「ええ、ロックよね夏希ちゃん」


「おお」


 まあそれは無くもないけど、深宙はバツが悪かったんじゃ......と、あのニヤリ顔をみると勘ぐってしまう。てかそうでしょ、あれ小さい頃から嘘ついたときにやるニヤケ顔だもん。


「......すみません、私が風邪をひいてしまったせいで......」


 しゅんとする冬花。


「いや、冬花が復活してから時間あったし。忘れてただけだから......気にしないで良いんじゃないかな」


「......ありがとうございます」


「まあでも考える時間がその分あったワケだよな。俺は別に名前いらない派だけど......深宙はなんかあるか?」


「んー。あたしは【四季人鳴シキトメイ】とかどうかなって」


 深宙が携帯を操作し、バンド名を書いてみせた。


「四季......あ、なるほど。四人の名前に四季があるからですか」


 ぽん、と手を叩く冬花。そうか、彼女はあの時その場に居なかったから。四季を使うという案を聞いていなかったのか。


「そーそー、どうかな。冬花ちゃんは?なにかある?」


 深宙が冬花へ聞く。すると彼女は頷き応える。


「秋ちゃんのバンド名、いいと思いますが、いちおー私も考えてきたので言います。......えー、【春宙希花シュンチュウキッカ】というのはどうでしょう?」


「しゅんちゅう......」


 深宙同様に冬花も字を書いてみせる。


「あー、名前の一文字が入ってるのか。なるほどなー」


「......ですです!」


「はる、そら......希望の花」


 深宙がその意味を考えていると、冬花が答えた。


「そうです。春宙はるぞらに舞う希望の花です......でも、ロックバンド的にはどうなんでしょうか」


「僕はいいと思うけど。あ、深宙のバンド名も好きだよ。どっちも良いな」


「春くんは何か考えた?」


 一応考えたけど、この漢字4文字の流れでちょっと言いにくいな。


「まあ、一応」


「なんというバンド名なのですか、春ちゃん」


「......えっと、【phantom《ファントム》mist《ミスト》】とか」


「あー、phantom......幻か」


「mistは霧ですね。幻の霧」


「phantomは幻影、亡霊って意味もあるよね」


 ふんふん、と三人が思案する。


「夏希の言う通り、名前が無いっていうか、実態が無いみたいなのカッコいいなって思って......だから、幻影の霧」


 なんか言葉にすると恥ずかしいな。幻影の霧とか漫画みたいじゃん。


「んー、まあ候補は出たから、あとはどれかに決めるだけだね。各自考えてみよっか」


「だな。まあ、これあれだよな。組み合わせても良いかもな」


「組み合わせる?」


 僕が聞くと、深宙がいう。


「幻影の希望の花......みたいな?」


「......phantom hope......お花。ですか」


「お花......?」



 お花。



「まあとりあえず今出た案で考えてみよーぜ。俺も考えてくるわ」


「だね。それじゃあ今日は帰ろっか」


 深宙が練習の終了を告げ、皆は帰り支度を始めた。バンド名を考えることが予想以上に難しい。これは学祭のライブまでに決まるかも怪しいな。


 スタジオの外へでると夏希が「おつかれー」と手を振る。これからバイトがあるらしい。もう19時近くなのに。


「また明日なー」


「......またあした」


「うん、またねー!」


「気をつけてな、夏希」


「おー、あんがと」


 夏希が去ったあと僕らは冬花を送る。前は深宙だけが送り迎えしていたらしいが、今は僕も付き添うことにしている。夜道にいくら二人とはいえ女の子だけでは心配だ。


 まあ僕が居たところであれだけど。居ないよりはマシだろ。




 ◇◆◇◆◇◆




 俺、赤名修義はチッと舌を打った。


「......またアイツ、深宙ちゃんと......」


 バンド練習を終えたらしき、サトー等が建物から出てきた。長身の女が別れ、三人になり、またあの銀髪女を送っていくようだ。


 あれから深宙ちゃんに近づく為、様々な手を考えた。その中でも一番いい手、「偶然を装い、道端で出会う。そして危険な夜道を家までエスコートする」という作戦を実行しようと日夜彼女の動向を見張っている。


(けど、あの......サトーの奴が必ず深宙ちゃんに張り付いてやがるから、作戦を行動に移せねえ!)


 せっかく手間暇かけて作った『㊙秋乃深宙ストーキング日記』を机に仕込んで牽制してやったのに......意味ねえじゃねえか!


 あの根暗野郎。あんな奴が深宙ちゃんの隣を歩くなんて、我慢ならない。早く深宙ちゃんの目を覚ましてあげないと......ついでにあの銀髪の女も俺の女にしてやるか。あれもかなりのレベルだしな。


 遠くから眺め見る俺の中で、「どうしてだ」と苛立ちが渦巻く。あんな陰キャとつるんであの女共は何が楽しいんだ?俺と居たほうが絶対に良いだろ。


 ユーモア、イケメン、レベルの高い歌声とギター。全てを兼ね備えていて、サトーの上位互換である俺。だったら俺がなりかわったほうが......あの地味男のポジションに俺が入った方が皆が幸せになれる。


(......そうだろ?サトー。お前、ホント空気読めねえもんな。彼女らの気持ち、少しは理解したら?マジで人の気持ちに鈍感な奴は......クソだよなぁ、サトー?)


 いや......まあ、そんなに焦ることもないか。


 そうさ。あいつは今度の学校祭ライブで恥をかく。そして精神を病んだサトーは二度とバンドが出来なくなるのさ。そう、それから......失敗した舞台の裏で俺は深宙ちゃんにこう提案する。


「俺でよければ力になるよ」と。


 するとライブで俺の実力を知った深宙ちゃんは、この俺様を自分らのバンドに引き入れたくなるはず。そこで再起不能のサトーの穴を埋めるように奴らのバンドのフロントマンに成り代わるんだ。


 学祭ではちょっとした罠を仕掛ける予定だからな。それがハマればより悲惨なライブになるだろうよ。


 俺らとは対象的に。惨めに、盛り上がりのない、悲惨な晴れ舞台に。


「楽しみだなぁ、サトー?」


 遠くの木陰から眺める俺は、サトーの幸せそうな笑顔に唾を吐いた。


 今のうちに、せいぜい楽しい時間を過ごしとけよ、と。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る