第22話 野菜


 僕は朝ごはんを用意し始める。冬花は病み上がりなので座っていてもらって......ってか、多分この子料理できないと思う。冷蔵庫を失礼ながら拝見させていただいたのだが、ゼリー飲料とかエナドリとか入ってて、食材もなければ料理をした形跡もない。


 かろうじて黒糖の塊と、とろとろチーズ、生クリームがはいっていたが、多分そのまま食べてるんだろう。将来が心配だ......マジで家に連れてくかな。食事だけでも。


「......あ、えっと......」


 僕が冷蔵庫を眺めているのをリビングからみていた冬花が気がつく。


「だ、大丈夫ですよ?野菜はちゃんと食べてます」


 僕の心中を察したのか、彼女はしどろもどろに慌てふためく。って、え?野菜......ないけど?


 ガラッと野菜室を開けてみる。エナドリがコンニチワしてきた。さっきもみたから間違いない。これは、エナドリ。野菜では決してない。


「......あ、あの、これ!」


 ふと視線を冬花に戻すと、『しゃかりこ』というジャガイモを使用したお菓子を持っていた。そこには『サラダ味』と書いていて、嫌な予感がした。


「野菜、です!」


「冬花......」


 僕は微笑んだ。これはやばいな、と。バンドメンバー交代制でごはん作りに来るか?このままだと間違いなく冬花のベース枠が消滅する。彼女の代わりはいない。


(......なんとかしないとな)


 にこにこと笑う冬花を眺めながら僕はそう思うのであった。......さて目玉焼きつくろ。


「あ、冬花、目玉焼き半熟がいいか?」「はい!」


 そしてパンを焼き、目玉焼き、サラダ(しゃかりこではない)をテーブルに用意して食事の準備を整えた。呼ぶと彼女はふらふらと歩いてくる。


 日光がきめ細かな彼女の髪に映え、女神のような神々しさを放つ。


「......?ど、どうかしましたか?」


「いや、冬花ってホントに綺麗だなって」



 急にジト目が強まり、頬が赤らむ。



「いや、ごめん......そんな危険視しないでくれ。ただ、本当に髪とかキラキラしててさ。童話のお姫様みたいだ」


 僕がそういうと、彼女はふといつも通りの表情に。いや、いつも通りというよりは、感情が冷えたような感じがした。


「......ごめん、気に障ったか」


「あ、いえ。昔をおもいだしました......」


 聞いてもいい話なのかわからない僕は口をつぐむ。すると冬花は笑みを浮かべ語りだした。


「私、この髪の毛の色でイジメられていたので」


「......綺麗なのに」


「異物は排除されるんですよ」


 異物は排除される。その言葉に僕は、ああ、と腑に落ちた。僕もそうだ。僕は学校での異物。休憩時間、昼休み、放課後......全て一人で、歌を覚え勉強していた。


 異様なクラスメイト。だから、いじられいじめられ、玩具にされる。彼らにとって自分と同じではない人間は人間ではないのかもしれない。


 冬花も、その人とは違う銀髪で同じような目にあったのか。


 もしかしたら、それはいじめではなく冗談やいじりの範疇でおこなっていた可能性もある。


「......私、人とは違うので......だから、苦しくて逃げちゃいました」


 けど、彼女の切なく儚い表情は、紛れもなく心が傷ついている証だ。僕もいじめなのかいじりなのかわからない。けど、うけた者が嫌だと感じればそれはもう......。


「逃げていいよ」


「え?」


 ぽんぽんと頭を撫でる。


「だって、逃げたから僕らと出会えたんだ。この道に繋がったんだよ......ここまでよく頑張ったな」


 目をつむり撫でられる彼女は、まるで猫のよう。


「......春ちゃんと、あえて良かった......」


「うん、僕もだ。これからもずっと一緒にいよう」


「......ん」


 こくりと冬花は頷く。


 そして僕の視線は全く手を付けられていないサラダに向く。


「だから、サラダ食べようか」


 ピシッとヒビ割れた石のように、笑顔のまま動きを止める冬花。なるほど......野菜、嫌いなのか。けど、僕の作ったサラダはレタスとブロッコリー、あとゆで卵しか使ってない。


 このレタスとブロッコリーがダメなのか?


「春ちゃん......あの、野菜は普段からちゃんと摂っているので......大丈夫です」


「あれはお菓子だからダメだよ」


「そんな......」


 笑顔が曇り始めた。しかし僕は容赦無く追撃する。


「ずっと一緒にいるんだよね?このままじゃ体壊して倒れちゃうよ......僕は今回、冬花が風邪でダウンした時すごく怖かったし心配した。だから、体に気をつけて野菜食べようよ」


 食べやすいようフォークで切る。そして、彼女の口元へと運んだ。


「はい、冬花......あーんは?」


 ぱあっ、と明るい表情に変わる冬花。そして思いもよらないくらいのスピードで、パクリと食べた。幸せそうな顔をしながら咀嚼する彼女。更に口元に運ぶと、どんどん食べてくれた。なんだ、野菜好きなんじゃん。


(でもこれ癖になりそうで怖いな......)


 そういや妹も同じだったな。家だろうが外食だろうが、食事になると口を開けて待つようになった。今はもうないけど。



 ......冬花は病み上がりで甘えているだけだよな。




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